宇野ゆうかの備忘録

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「奈良に行く価値はある?」鹿と餅つきだけ見て帰る外国人観光客〜SNSが観光に与える影響

きっかけは、 id:shinonomen氏のブログ記事『夜の奈良観光 - 東雲製作所』についていたブコメだった。

id:watto 奈良はオーバーツーリズムが問題になっている観光地の一つのはずだが、夜の早い街なのだろうか、名古屋並みに? (一言多い

それに対して、私はこう返信した。

id:yuhka-uno 奈良の観光客は、京都大阪に泊まって日帰りが多いので…

 

「泊まれ」〜日帰り旅行客が多い観光地・奈良

奈良は以前から、観光客が来るわりには、観光収入があまり得られていないという問題を抱えている。昼間に訪れる観光客の大半は、夕方には奈良から出て行ってしまうため、奈良は全国的に宿泊客数が少ない都道府県のひとつなのだ。*1そのため、観光客が楽しめるナイトライフなど、奈良にはないに等しい。ただ、最近はオーバーツーリズムによる「日本人の京都離れ」が起きており、代わりに奈良に行く日本人が増えているという話もある。*2*3

nlab.itmedia.co.jp

 

ちなみに、オーバーツーリズムとは言っても、鹿と大仏で有名な地区だけの話であって、それ以外の場所の史跡は、外国人観光客にはあまり知られていないようだ。それに、観光客の大半は、JR奈良駅から東大寺大仏殿のエリアに集中しているものの、奈良公園は広大なので、まだ京都の三寧坂や伏見稲荷大社などよりはマシだろう。

 初日に訪問した東大寺・興福寺では、6月にも関わらず観光客であふれかえっていました。日本人よりも外国人観光客が多く、私の印象では約8~9割は外国人でした。中国、韓国などアジアからの観光客だけでなく、欧米人の観光客も多かったと思います。興福寺近くの公園では、鹿と一緒に記念撮影する外国人も多く見られました。
 一方で、法隆寺、薬師寺等では、世界遺産に指定されている寺社であっても外国人観光客はほとんど見かけることはなく、その多くは個人旅行の日本人客あるいは修学旅行生でした。同じ奈良県内の寺社でもここまで観光客の層が違うものかと思いましたが、この理由は何だったのでしょうか?

GlobalPlace 奈良県を訪れるインバウンドはどこに向かう? | 国際業務支援 | 東京都中小企業診断士協会 城西支部

 

「Is it worth going to Nara?(奈良に行く価値はある?)」

私は、英語圏の外国人旅行客の奈良に関する動向を調べてみた。そうしたら、奈良に対する認識が、日本人と欧米人で、かなり異なっていることが浮かび上がってきた。奈良に関して、英語サイトで何度も出てきた言葉……それは「Is it worth going to Nara?(奈良には行く価値はある?)」という質問だった。この質問をする人の多くは、奈良といえば、単にお辞儀をする鹿に餌をやれる場所という認識だった。

 

例えば、このような質問があった。

In Kyoto have an extra day. Is Nata worth it? Don’t love the massive touristy spots and I know there are deer there but if there other things to do/see?

(京都にもう1日余分に行きます。奈良に行く価値はあるでしょうか?大規模な観光スポットは好きではないし、鹿がいるのは知っていますが、他に何かやることや見ることはありますか?)

Is Nara worth it for a day trip?(奈良は日帰り旅行する価値がありますか?)

I see wild deer all the time, so I’m not interested in seeing more deer on my vacation. If I skip deer park is a day trip to Nara still worth it, and where do you recommend I go while there? It would be great to see some natural spaces, temples, or shrines.

(私は野生の鹿をよく見かけるので、休暇中にもっと鹿を見たいとは思っていません。鹿公園に行かなくても、奈良への日帰り旅行は価値がありますか?また、奈良に滞在中におすすめの場所はありますか?自然豊かな場所やお寺、神社などを訪れるのも良いですね。)

No Deer - Is Nara Still Worth a Day Trip?(鹿なし ― それでも奈良は日帰り旅行する価値があるのか​​?)

 

また、ある日本旅行を紹介するサイトにも、このように書かれていた。

Is Nara worth visiting? Many travelers ask this question, most of them for the same reason: They’re convinced they’re nothing to see in Nara besides the city’s famous deer.

(奈良は訪れる価値があるのでしょうか?多くの旅行者がこの質問をしますが、そのほとんどは同じ理由からです。彼らは、奈良には有名な鹿以外に見るものは何もないと思い込んでいるのです。)

Is Nara Worth Visiting?(奈良は訪れる価値があるでしょうか?)

Most casual tourists don’t feel it’s necessary to consult a Nara travel guide—they just want to see the deer that roam its main park. This is at once expected (the shika is the international symbol of the city) and unfortunate, since there’s so much more on offer here.

(奈良を訪れる一般の観光客の多くは、旅行ガイドを見る必要性を感じていません。彼らはただ、奈良公園を歩き回る鹿を見たいだけなのです。これは当然のこと(鹿は奈良の国際的なシンボルです)であると同時に、残念なことです。なぜなら、奈良には他にもたくさんの見どころがあるからです。)

Nara Starts Here(奈良はここから始まる)

 

そこで私は、Youtubeで奈良旅行の映像を上げている欧米人の動画を見て回った。すると、近鉄奈良駅かJR奈良駅から歩いてきて、鹿に餌をやって、高速餅つきで有名な店・中谷堂に行くだけで奈良観光を終える。つまり、その先にある奈良観光のメインエリア、東大寺大仏殿にも春日大社にも行かずに帰る外国人が、それなりの数いたのである。

彼らの多くは、せいぜい、一番最初に辿り着く歴史的建造物である興福寺境内と、すぐ隣にある登大路園地や奈良国立博物館の敷地あたりまで行って、帰っている。また、東大寺大仏殿の前に辿り着いても、特に行列ができているわけでもないのに、拝観料を支払って中の大仏を見るのではなく、正面の門に設置してある柵の外から大仏殿の外観を見るだけで帰っている人も、それなりの数いた。

おそらく……この人たちの多くは、東大寺の大仏の存在自体を知らないのだ。

 

[※奈良公園周辺の地図。西側の市街地にJR奈良駅、画面中央部付近に興福寺、東側の緑地に春日大社、北東部の緑地に東大寺がある。]

[※中谷堂の高速餅つき]


www.youtube.com

 

海外のサイトでも、このような記述があった。

The vast majority of people leave Kintetsu Nara station (seen on the left-hand side of the map above) and only make it as far as Noborioji Park. It’s completely understandable because there are loads of deer all around this area, but that also makes it incredibly busy.

(近鉄奈良駅(上の地図の左側)を出発する人の大半は、登大路園地までしか行きません。この辺りにはたくさんの鹿がいるので、それも当然ですが、それゆえに非常に混雑します。)

Is Nara Worth Visiting? - A Day Of Zen(奈良は訪れる価値があるか? - 禅の日)

Do yourself a favour and arrive at the Motomiya shrine or at least athe Kasuga temple, most just walk from the Higashimuki shopping street and visit the Kofukuji temple and see the deer in the Noborioji park and get tired and don't get much past the Nara national museum, but for me the best part of the park has been the forest. 

(ぜひ本宮神社か少なくとも春日寺に行ってみてください。ほとんどの人は東向商店街から歩いて興福寺を訪れ、登大路園地で鹿を見て疲れてしまい、奈良国立博物館から先はあまり見ませんが、私にとってこの公園で一番良かったのは森です。)

Day trip from Osaka; Arashiyama Monkey Park or Nara Deer Park?(大阪から日帰り。嵐山モンキーパークか奈良鹿公園か?)

 

海外の動画や旅行記などを見ていて気づいたことは、奈良で圧倒的に有名なのは鹿であり、東大寺の大仏はあまり有名ではないこと。もしかしたら、大仏より高速餅つきのほうが有名かもしれないこと。奈良公園周辺の観光地は、ほとんど無料でも楽しめてしまうこと。そして、人々は、施設の中に何があるのかわからなければ、お金を払わないということだ。

 

いたる所に鹿がいる広大な奈良公園はもちろんのこと、興福寺や東大寺の境内、運慶快慶作の金剛力士像のある南大門、灯籠が立ち並ぶ春日大社の参道とその周辺の道は、基本的に無料エリアである。料金がかかるのは、寺や神社の建物内部や博物館内を見学したりする場合だけだ。

外国人観光客の中には、それらの無料エリアを見て、十分満足してしまって、せいぜい、鹿せんべいと中谷堂のよもぎ餅と昼食くらいしかお金を使っていないと思われる人たちが、けっこういた。なるほど、これでは、観光客が沢山来るわりには、儲からないはずだ。

ただ、誤解のないように言っておくと、もちろん東大寺大仏殿は、外国人観光客が多く訪れる人気の観光スポットだし、Youtubeで紹介している欧米人は沢山いる。

 「日本に2週間滞在するが、奈良では鹿のために奈良公園だけに行く」。そう話してくれたのは、同公園を訪れたシンガポールの男性(24)だ。東大寺に立ち寄ったマレーシアの男性(54)も「奈良が旅行のメインではなく、長くはいられない」。いずれも日帰り観光だという。「『無料で遊べる動物園』として奈良公園を目的とする人が、寺社や歴史好きを大きく上回っている」と市観光協会の担当者は指摘する。

「無料で遊べる動物園」として奈良公園の鹿を目的とする外国人観光客…古都・奈良の観光地にどう誘導? : 読売新聞

 

ソーシャルメディアが観光客の認識に与える影響

奈良に対する認識が、日本人と外国人で大きく異なっていることを目にして、私は、現代のソーシャルメディアが観光客に与える影響について、考えさせられることになった。

 

日本人であれば、奈良観光の目的の大部分は、(鹿はもちろんだが)東大寺の大仏を見ることだろう。興福寺の国宝館に行く人も、そこに有名な阿修羅像があると知っているからだ。日本の学校教育を受けた者にとって、奈良は古代史において重要な場所であり、歴史の教科書に載っていたものを実際に見ることができる場所である。

しかし、多くの欧米人は、京都は知っていたとしても、奈良はよく知らないし、東大寺の大仏殿や大仏も、海外ではそれほど有名ではない。(まぁ、仏像としては、ワット・ポーの涅槃仏や敦煌莫高窟などのほうが有名だしね……)

Youtubeには、「奈良に行く価値があるのかどうか、実際に行って確かめてみました!」という趣旨の動画がいくつかあったが、その中には、大仏殿の内部を訪れていない動画もあった。もしかしたら、奈良に行く価値があるかどうかは、単に現地に行くよりも、日本史、あるいは、シルクロード時代の東アジアの歴史を学んだほうが、理解できるものなのかもしれない。

 

ソーシャルメディアでは、お辞儀をしたり、横断歩道を渡ったりする鹿の映像や、高速餅つきの映像は、SNS上で「映える」要素があり、注目を集めやすく、拡散されやすい。一方、東大寺の大仏は、実際に見れば圧倒されるのだが、それほどインスタ映えするような外見ではない。実際、東大寺の大仏殿や大仏について、「写真/映像では、この魅力を十分に伝えることができません」と言っている外国人観光客が、沢山いた。

そのため、このソーシャルメディアの時代において、欧米の観光客の間では、東大寺の大仏を見るよりも、鹿と高速餅つきを見ることが、奈良に行く目的になってしまうという、奇妙な現象が起こっているのかもしれない。

中谷堂の高速餅つきが、あれだけ欧米人に人気がある理由は、彼らにとっては餅つき自体が珍しく、実際に見て満足できるから「必見」の場所になっているのだろうかと思ったが、別にそうでもないようだ。

6. The Mochi Shop Show is a Waste of Time
You might have seen this on Instagram: two guys with hammers pounding away at a piece of mochi at a speed that is one hammer slip away from a broken hand. It’s impressive and looks fun on video, but in reality, the shop, Nakatanidou, is located on a narrow pavement with a scrum of people all trying to take the same film that you see online – but with less of a view.

I’m not saying don’t go and try the mochi, but, unless you’re an Instagrammer determined to have the same video as everyone else, maybe don’t bother cramming in for the show.

(6. 餅屋ショーは時間の無駄
Instagramでこんな光景を見たことがあるかもしれません。二人の男性が、ハンマーで餅をつき、ハンマーが滑れば手が骨折しそうなほどの速さで叩いている光景です。動画で見ると迫力満点で楽しそうに見えますが、実際には、中谷堂というお店は狭い歩道沿いにあり、ネットで見るのと同じ動画を撮ろうと、大勢の人が押し寄せています。しかも、景色はそれほど良くありません。

餅を食べに行くなと言っているわけではないが、みんなと同じビデオを撮ろうと決心しているインスタグラマーでない限り、無理してショーを見に行く必要はないかもしれない。)

10 Things I Wish I’d Known Before I Visited Nara(奈良を訪れる前に知っておきたかった10のこと)

 

また、上記のサイトには、このようなことも書かれていた。

Interestingly, looking at the list, it’s often things that are popular on Instagram that have underwhelmed me the most in reality – maybe because both the hype and the crowds visiting them are so big.

(興味深いことに、リストを見てみると、Instagramで人気があるものが、実際には一番がっかりさせられることが多いのです。おそらく、その盛り上がりと訪れる人の多さが原因でしょう。)

Avoid These 7 Tourist Trap Nightmares in Japan!(日本の観光客が陥りやすい悪夢7選!)

Social media is good at showing us things we might not have found, but it also creates an unnatural sense of FOMO – and some very busy destinations as everyone now crowds to the same places. So, ask yourself, are you adding this to your list because you want to go or because you think you should?

(ソーシャルメディアは、私たちがまだ見つけていないかもしれないものを見せてくれるのに優れていますが、同時に不自然なFOMO(取り残されるかもしれないという不安)を生み出します。そして、皆が同じ場所に集まることで、一部の目的地は非常に混雑してしまいます。ですから、自分に問いかけてみてください。この場所を旅行リストに加えるのは、行きたいからですか、それとも行くべきだと思ったからですか?)

12 Steps to Plan The Perfect Japan Trip(完璧な日本旅行を計画するための12のステップ)

 

中谷堂の高速餅つきは、確かに、旅行のついでに立ち寄って見るには、面白いものだが、外国人観光客が、中谷堂には行くのに、大仏や春日大社を見逃しているというのは、なんだか徒然草に出てくる「仁和寺にある法師」の話を思い出してしまう。

ちなみに、中谷堂の名誉のために言っておくと、あの高速餅つきは、パフォーマンスのためにやっているのではなく、店主の故郷に伝わるやり方で、餅が熱いうちに高速でつくことによって、コシのある、柔らかく伸びる餅になるそうだ。

toyokeizai.net

 

「嵐山に行く価値はある?」竹林と猿だけ見て帰る外国人観光客

もしかしたら、京都の嵯峨嵐山地区も同じようなことになっているのではないかと思って調べてみたら、私の予想は当たっていた。「『嵐山に行く価値はある?』竹林と猿だけ見て帰る外国人観光客」という記事を、もう一本書けそうなくらいだ。

日本人にとって、嵐山といえば紅葉の名所であり、紅葉の季節には混雑することでも有名だが、外国人にとって、嵐山は、閑静な竹林とモンキーパークのイメージになっている。彼らの中には、竹林の小径だけを目的に嵐山に行こうとする人もいた。ネット上の画像を見て、広大で静寂な竹林の小径を想像して、実際に訪れてみたら、想像していたよりも小規模なのと、あまりの混雑ぶりに、がっかりしてしまう人が多いようだ。あの場所が「bamboo forest」と訳されることが多いのも、誤解のもとかもしれない。*4

ちなみに、ここでも誤解のないように言っておくが、夢窓疎石が作庭を手掛けた天龍寺や奥嵯峨地区の寺社、トロッコ列車や保津川下りなど、嵐山のその他の観光スポットに行く外国人観光客も多い。

 

これは、インターネット普及以前、人々がガイドブックやパンフレットを取り寄せて旅先の情報を調べていた時代には、起こらなかったことだろう。昔ながらの観光ガイドブックには、大抵、旅先の歴史や文化についての説明や、その国を訪れるにあたっての注意事項が載っていたものだ。しかし、人々がガイドブックではなくソーシャルメディアの情報に基づいて旅行するようになった現代では、奈良は鹿と餅つきの街になり、嵐山は竹林と猿の街になってしまうのだ。そして、外国人観光客は、日本に来て初めて、現金決済しかできない施設が多いことや、ゴミ箱が見当たらないことなどに戸惑うことになるのだろう。

嵐山の竹林の小径のことを「Tourist trap(観光客向けの罠)」と言っているサイトもいくつかあったが、「Instagramer trap」あるいは「TikToker trap」と言ったほうがいいかもしれない。本来、嵐山の竹林は何も悪くない。これは、ソーシャルメディアだけを見て旅行計画を立ててはいけないということを示していると思った。旅行に関しては、昔ながらのやり方で、観光ガイドブックなどで事前に調べてから行ったほうが良い。もちろん、これについては、日本人が海外に観光旅行に行く際も、他人事ではない。

 

奈良が観光でこの先生きのこるには

正直なところ、太平洋やユーラシア大陸を超えて来る観光客に、奈良に泊まっていけというのは、無理があると思った。彼らの多くは、人生で最初で最後かもしれないヨーロッパ旅行をする日本人のように、滞在中にできるだけ多くの有名な観光地を訪れようと、忙しい旅をしている。そういう観光客にとっては、奈良は日帰りで立ち寄るのが現実的だろう。

奈良の事例を見ると、世界遺産に登録されているからといって、観光客が来るわけでもなさそうだ。法隆寺より大阪城のほうが観光客は多い。

”Why don’t more travelers explore regional Japan? What’s stopping you?”

( なぜもっと多くの旅行者が日本の地方を旅しないのでしょうか?何があなたを阻んでいるのですか?)

”Most people probably see it as their first and last trip to Japan, and in many cases it actually turns out that way, so they tend to go to the most classic, must-see spots. This isn’t something unique to Japan either. I think it happens pretty much anywhere in the world.”

( ほとんどの人は、日本への旅行を最初で最後だと考えており、実際にそうなるケースも多いので、定番の必見スポットばかりに足を運ぶ傾向があります。これは日本に限ったことではなく、世界中のどこでも見られる現象だと思います。)” https://www.reddit.com/r/JapanTravelTips/comments/1su6p1n/why_dont_more_travelers_explore_regional_japan/

 

それに、世界中の観光地でオーバーツーリズムが問題になっている現代においては、最早、「観光客の呼び込みに成功すれば、地方の経済が活性化して、地元住民が幸せになる」という、単純な時代は終わった。宣伝するなら、観光客がしっかりお金を落としていって、地元住民が迷惑しない方法を考えなければならない。田舎のインフラは都会より脆弱なのだから。どの地域も、富士河口湖町の「コンビニ富士山」や、富士吉田市の「桜まつり中止」みたいなことには、なりたくないはずだ。京都府北部の風光明媚な漁村、伊根(いね)の舟屋も、一筋縄ではいかない状況になっているようだ。

www.ktv.jp

 

これらのことを考慮すると、私は、奈良は日本人観光客向けにアピールしたほうがいいのではと思う。奈良は、日本、ひいては東アジアの歴史の知識がある人のほうが、楽しめるだろう。ちょうど、京都がオーバーツーリズムで、旅行先に奈良を選択する日本人が増えているという話だし。鑑真ゆかりの唐招提寺や薬師寺、聖徳太子ゆかりの法隆寺、蘇我入鹿の首が撥ねられた(?)明日香村などには、外国人観光客が滅多に来ないというのだから、穴場である。むしろ、今の時代、日本人向けに、「うち、実はこんなにすごい観光地なのに、インバウンド客が滅多に来なくて、空いてます!」というのが、宣伝文句になりそう。

 

 

[前回記事]

富士そばの「旅行者の方は、ランチタイムの来店を ご遠慮ください」という貼り紙、海外のオーバーツーリズムの事例、「観光地はそこに住む人々とその子孫の所有物である」ということを原則とした、観光地におけるResponsible Tourism(責任ある観光)に関するケープタウン宣言について。

yuhka-uno.hatenablog.com

[おまけ]

過去記事で大阪城天守閣について書いています。ちなみに、大阪城天守閣があまりにも混んでいて行列に並びたくない場合は、近くにある大阪歴史博物館もお勧め。

yuhka-uno.hatenablog.com

 

 

 

 

 

富士そばの貼り紙から考える、オーバーツーリズムと「責任ある観光」に関するケープタウン宣言

「旅行者の方は、ランチタイムの来店を ご遠慮ください。当店は、この近辺で働く人たち・学ぶ人たちを優先します。」

オフィス街にある富士そばに、日本語を含む6種類の言語で、このような貼り紙がなされたことについて、議論が広がっていた。これを外国人観光客の締め出し、もっと言えば外国人嫌悪であると論じる向きもある。これについての私の考えとしては、「外国人嫌悪とオーバーツーリズムの問題は、分けて考えるべき」ということだ。

togetter.com

www.j-cast.com

 

私が少々疑問に思ったのは、この記事である。

www.itmedia.co.jp

 サラリーマンや庶民が毎日のように利用する「立ち食いそば」ぐらいは「鎖国」、つまり外国人観光客は全面立ち入り禁止でもいいのではないか――。もっとも、今のご時世、「排外主義者」と叩かれてしまうので黙っているものの、心の奥底ではこのように感じている人も多いのではないか。

 そんな日本人の「静かな怒り」を象徴するような騒動が2025年末、先ほど登場した「富士そば」で起きている。都心のオフィス街にある店舗の入り口に「Notice」と書かれた掲示を出し、英語、中国語、韓国語で以下のようなメッセージを掲示したのだ。

この記事だけを見ると、読んだ人が、貼り紙は英語、中国語、韓国語だけで書かれていたかのように誤解してしまいかねないが、実際には、例の富士そばの貼り紙には、まず日本語表記がある。また、貼り紙の内容は「旅行者の方は、ランチタイムの来店をご遠慮ください。」と書かれているのだから、ランチタイム以外ならOKということだ。「外国人観光客は全面立ち入り禁止」と主張しているわけではなく、日本語表記で「旅行者」と書かれているのだから、日本人観光客も「ご遠慮ください。」の対象だと思ったほうが良いだろう。

 

日本人は、「日本人=地元民」「外国人=観光客」と考えがちな人が多いが、今の時代、よほどの田舎でない限りは、「この近辺で働く人たち・学ぶ人たち」の中には、外国籍の人が含まれると考えるのが、もはや常識だろう。一方、オーバーツーリズムやマナーの悪い外国人観光客への不満から、日本社会のコミュニティの中で生活している外国籍の人々や、見た目が外国人に見える、いわゆる「ハーフ」の人々に敵意を向ける人がいることについては、私も問題だと思う。

しかし、観光公害やオーバーツーリズムは、今、現実に世界中の観光地で起こっている問題であり、地元住民の不満は正当なものであることが多い。資本主義のメカニズムが働いた結果、政府や企業が、観光客から得られる収入を優先し、そこで生活している地元住民が、弱い立場に立たされることがあるからだ。

そして、最大の問題は、観光がもたらす「利益」と「コスト」が、極めて不公平に分配されているということです。

利益を得ているのは、ホテルチェーン、航空会社、グローバルなプラットフォーム、そして不動産投資家たち。その多くは、地域外部の存在です。

一方で、コストを払っているのは、他ならぬ「地域住民」です。混雑、物価の上昇、騒音、そして何より、深刻な住宅危機。

経済成長とは、本来、そこに住む人々を幸福にするためのものであるはずです。しかし、もしその成長が、住民の生活を脅かし、不幸にしているとしたら、それは一体誰のための成長なのでしょうか?

スペインは今、その根源的な問いを、最も厳しい形で突きつけられています。

なぜ浅草は崩壊するのか?スペイン・バルセロナの絶叫に学ぶ「観光亡国」の不都合な真実。オーバーツーリズムの儲けのカラクリと、住民が全てを失う構造的問題。|ポス鳥(ビジネス&投資NEWS解説)おそらく日本で1番「事業の失敗例を載せているnoteアカウント」

 

ここで鍵となるのは、「Responsible Tourism(責任ある観光)」という考え方である。

Fundamental to Responsible Tourism is the principle that the destination belongs to the people who live there and their descendants. The 2002 Cape Town Declaration on Responsible Tourism in Destinations called on “planning authorities, tourism businesses, tourists and local communities – to take responsibility for achieving sustainable tourism, and to create better places for people to live in and for people to visit.” This is a litmus test for Responsible Tourism. Those who put the visitors first reveal that they have not understood.

(責任ある観光の根底にあるのは、観光地はそこに住む人々とその子孫の所有物であるという原則です。2002年の「 観光地における責任ある観光に関するケープタウン宣言」 は、「計画当局、観光事業者、観光客、そして地域社会に対し、持続可能な観光の実現に責任を持ち、人々が住み、訪れる人々にとってより良い場所を創造すること」を求めました。これは責任ある観光の試金石です。観光客を第一に考える人は、そのことを理解していないことを露呈しています。)

Overtourism, parasitism and the tragedy of the commons(オーバーツーリズム、寄生、そしてコモンズの悲劇)

「住む人にとって良い場所」が第一
「レスポンシブル・ツーリズム」という考え方の原点は、2002年に南アフリカで採択された「ケープタウン宣言」にあります。この宣言は、責任ある観光を「住む人にとってより良い場所、そして訪れる人にとってより良い場所を作ること」と定義しました。

この定義の画期的な点は、観光地である前に、まず「住民が幸せに暮らせる場所」でなければならない、という優先順位を明確にしたことです。旅行者の満足度だけを追求するのではなく、地域に住む人々の生活の質を高めることこそが、持続可能な観光の土台である、という考え方です。

旅の未来を変える新潮流「リジェネラティブ・ツーリズム」とは?古都・鎌倉の挑戦に学ぶ、これからの観光スタイル

 

世界のオーバーツーリズムが起こっている観光地においては、観光客の流入が地元のインフラの許容量を超えたことによって、水不足に陥ったり、下水処理が追いつかなかったり、環境汚染の問題が発生したり、交通インフラが許容量を超えてしまう場所もある。

住宅やアパートが、Airbnb(エアビーアンドビー)のような民泊や短期賃貸アパートに転用され、観光客向けの商店が増加した結果、家賃や物価が高騰し、長年そこに住んでいた地元住民や地元商店が、その土地を離れざるを得なくなる事態が起こっている。これは「tourism gentrification(ツーリズム・ジェントリフィケーション・観光高級化)」と言われている。

地元住民が買い物に行っていた市場に観光客が押し寄せるようになったことによって、市場が非常に混雑し、そこが観光客向けの食べ物や品物を売る場所に変わってしまい、元々地元にあったコミュニティや本物の文化が失われてしまうことも、問題視されている。これは「Disneyization(ディズニーランド化)」と言われている。

また、そうなった市場では、外国人観光客が既に知っていて抵抗なく食べられるような、似たりよったりの商品が売られるようになる「コモディティ化」も起こってる。(日本の場合だと、京漬物の店はあまり売れなくなり、京懐石は好まれず、インバウンド客の行くところ、全国どこに行っても和牛串が売られている、みたいなもの。)

しかも、それらの観光客向けの宿や店は、しばしば、地元企業ではなく、地域外部の資本によって経営されていることも多い。

 

つまり、地元民が日常生活を送る上で利用している施設を、観光客が占領してしまい、地元の人たちが利用できなくなってしまう現象は、オーバーツーリズムにおいては、世界的にも問題視されていることなのだ。それに加えて、オーバーツーリズムのしんどさは、観光地に住んでいない人には、なかなかわかってもらえないことだろう。

 

 大阪市内のある賃貸マンションに突然貼られた文書。ここに住む女性Aさんは困惑の声をあげました。マンションを丸ごと「特区民泊に変える」と通知され、「2か月以内の退去」を要求されたというのです。

 「特区民泊」とはインバウンド増加に対して宿泊施設不足を解消するためにできた制度で、国が指定した地域では通常より緩和された営業要件で民泊を運営できます。

住み慣れたマンションが『民泊』に!?“2か月以内の退去”突然要求 家主側は「住居者と合意」主張も…住人は「頭真っ白。まさか自分にこんなことが起きるとは」と困惑 | TBS NEWS DIG

旅行者の大半が、「地元の人たちしか知らない穴場のバル」を求めるため、数年前には地元の人しかいなかったバルは、現在、殺到した観光客に占拠されてしまいました。
こうして「観光のモノカルチャー」化がスペイン全体で進んでいます。

そこでバルセロナ市は、オーバーツーリズム対策として、7割を超える違法民泊の取り締まりや新規ホテル建設の制限、ボケリア市場の団体入場制限等を実施し、「サステイナブルな観光地」の実現を目指しています。

しかし、これでも、増え続ける観光客の速度に追いつきません。

オーバーツーリズムの功罪 | プレタポルテ by 夜間飛行

ランブラス通りにあるボケリア市場は、かつて市民の台所でした。ですが、いまでは跡形もありません。魚屋や肉屋の代わりに溢れかえっているのが、なぜかアルゼンチン名物のエンパナーダ。謎の巨大な揚げパン(?)やら、細切れにされた生ハム、フレッシュなのかそうでないのかよくわからないジュースも並びます。

バルセロナ観光の仕方を、ちょっと変えてみませんか?|Ayaka@Barcelona

 

皮肉なことに、オーバーツーリズムは、地元民はもちろん、訪れる観光客ですら望んでいない。自分自身も観光客でありながら、あまりの人混みにうんざりしてしまうのだ。そして、観光客を魅了したはずの地元の文化は、観光過多によって破壊されてしまうのである。

こうした現象は、観光における「tragedy of the commons(コモンズの悲劇)」と言われている。個人がそれぞれ、自分の利益のために合理的に行動した結果、それが長期的には誰の利益にもならないことが明らかであっても、最終的には、共有資源(commons)を枯渇させてしまうのだ。これは、魚類などの乱獲、森林破壊、環境汚染などにおいて顕著だが、オーバーツーリズムにも「観光コモンズの悲劇」が当てはまることが、わかっている。

ja.wikipedia.org

 

今現在、起こっている問題は、「日本人だって、1980年代のバブル期には、現地の習慣を知らずに、マナーが悪かったのだから、外国人観光客が日本のルールに慣れていないことぐらい、大目に見てあげなよ」という問題ではなく、2010年代以降に世界的に深刻化してきた、オーバーツーリズムの問題として捉えたほうが良いと思う。「日本人だって、1980年代のバブル期には〜」が当てはまったのは、10年程前の、中国人観光客の「爆買い」時代くらいまでだろう。

今の時代は、単純に、世界中で海外旅行に行く人が増えたのだ。LCCなどの格安航空会社や、新興国の台頭などによって。しかも、今、日本は世界的に流行している観光地だ。かつて日本に来る観光客は、特に日本に興味を持っている人くらいなものだったが、今は状況が変わっている。

 

それに加えて、オーバーツーリズムに拍車をかけているのが、「Instagram tourism(インスタグラム観光)」だ。従来、人々の旅行に影響を与えていたガイドブックは、あまり読まれなくなり、多くの人々が、InstagramやTikTokから影響を受けて、旅行の行き先を決めるようになった。その結果、「インスタ映え」する場所や、ネットのアルゴリズムが頻繁に表示する場所に、大勢の観光客が集中してしまい、そのスポットが非常に混雑するという現象が、世界中で起こっている。

また、人々がガイドブックを読まなくなったことによって、その国で気をつけるべきこと(地元のマナーや、危険から自分の身を守ることなど)や、その観光地の歴史的・文化的背景を理解しないまま旅行に行ってしまう人も、もしかしたら、多くなっているのではないだろうか。

Instagram tourism or selfie tourism is the phenomenon by which an area sees an increase in tourism, often to the point of overtourism, due to exposure on social media and the resulting desire created in others to recreate the images they've seen on Instagram or TikTok. Studies in 2018 and 2023 found that social media exposure affected tourism and connected it to the sociological concept of conspicuous consumption.

(インスタグラムツーリズム、あるいはセルフィーツーリズムとは、ソーシャルメディアへの露出と、その結果として他の人々がインスタグラムやTikTokで見た画像を再現したいという欲求に駆られることで、ある地域の観光客が増加し、しばしばオーバーツーリズムに陥る現象です。2018年と2023年の研究では、ソーシャルメディアへの露出が観光に影響を与え、社会学的な概念である衒示的消費と関連付けられていることが明らかになりました。)

Instagram tourism - Wikipedia(インスタグラム観光)

 

「Instagram tourism(インスタグラム観光)」については、興味深い記事があった。

chikirin.hatenablog.com

ちきりん氏が推奨するのは、元場内組が移転して入居している「複数店舗が入るビル」だ。ここには、今の築地において極めて強力な「防壁」が設置されている。

・写真撮影禁止
・通路での買い食い禁止
この2つのルールが、SNSへの投稿価値を至上とするInstagram/TikTok層を効率的にフィルタリングしている。結果として、中はかつての市場のように静かで、地元の高齢者が落ち着いて買い物をする空間が保たれている。価格も品質に見合った妥当なもので、買ったものは3階のテラス席でゆっくり食べられる。

【狂騒曲】今の築地、マジでどうなってるの?インバウンド価格の衝撃と「賢い歩き方」の最適解 - nii_m

路面店ではなくビル内の店舗というのも、観光客を遠ざけている条件のひとつなのかもしれないが、「写真撮影禁止」と「その場での買い食い禁止」ルールが、ここまで効力を発揮しているとは……

 

既に日本より先に深刻なオーバーツーリズムに直面している都市の状況を鑑みると、私は、「日本人と外国人」という区別ではなく、「地元民と観光客」という区別において、観光客に遠慮してもらう時間帯を設けるのは、そういう店があっても当然だと思うし、海外に行った時にそういう店があっても、私は別段文句を言うつもりはない。地域の食文化を維持しているのは地元民だし、地元住民にとっての憩いの場は維持されるべきだ。今の時代、世界的に有名な観光地に行くということは、現地のインフラにフリーライドさせてもらっているという意識で行くべき時代になってしまったのかもしれない。

私は、富士そばのような飲食店と同様に、普段観光客で混雑している歴史的・文化的に重要な場所は、地元民専用の日や時間帯を設けてもいいと思う。地元民が、地元の歴史や文化を学ぶことは、重要だ。結局のところ、地元の文化を作っているのは、通り過ぎる観光客ではなく、地元民なのだから。今、修学旅行先として京都が選ばれなくなっているが、それは長期的に見ると、どのような影響があるのだろうか?

地元住民の信頼を回復することは、群衆対策に劣らず重要な課題だ。

オマル氏は23年に策定されたパルマの新5カ年計画を説明するなかで、「住民本位の観光戦略」を掲げた。市が買い取るホテルの一部は緑地や住宅地に転用される。11月には、住民向けのコンサートや子どもたちのイベント、街歩きツアーなど、無料の文化行事が開催される。

「会場はすべて、住民がなんとなく観光客専用と思い込んでいる場所。住民はかつて抱いていたパルマへの帰属意識を、次第に失いつつあった。この流れを変える必要がある」と、オマル氏は話す。

「あなたたちは来なくていい」、365日押し寄せる観光客に欧州の住民は辟易(1/2) - CNN.co.jp

 

かつて、2020年オリンピック誘致の場のスピーチで、滝川クリステルが「お・も・て・な・し」と言ったことが、当時の流行語になった。日本人の考える「おもてなし」は、昭和以降の時代において、「お客様第一」「お客様は神様です」という考えが根付き、今でもその影響が残っているように思う。しかし、もっとずっと昔の時代に成立した、茶道における「おもてなし」においては、亭主と客と、その場にいる全ての人が、共に良い時間を過ごせるように協力し合うという、「一座建立」の精神がある。

「ケープタウン宣言」は、観光客、政府、観光事業者、地元民の全員が、観光地をより良くするために協力し合うという考えに基づいている。日本のおもてなしは、「お客様第一」ではなく、「一座建立」の精神を軸にしたほうが、良いのではないだろうか。

 


Crowded Out: The Story of Overtourism(クラウドアウト:オーバーツーリズムの物語)


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Japan's Tourism Problem Is 100% Youtube Instagram & TikTok's Fault & What To Know Before Going!(日本の観光問題は100% Youtube、Instagram、TikTokのせい!行く前に知っておくべきこと!)


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[続き記事]

この記事の続き。旅行において、ガイドブックが衰退し、インスタ等でバズる観光地が注目される現代において、観光客は、現地で最も有名な歴史的建造物の存在を見逃してしまう可能性すらある…

yuhka-uno.hatenablog.com

 

[過去記事]

海外における抹茶ブームと、抹茶不足について書いた記事。これもオーバーツーリズムと同じメカニズムが働いている。

yuhka-uno.hatenablog.com

 

 

 

 

 

「おしゃれ=チャラチャラ」だった時代〜00年代の親たちは、息子に着こなしを教えられなかった

はてな界隈で、脱オタクファッションを振り返る流れになっていた。女性である私自身は、当事者の立場から少し離れているものの、あの時代の日本の社会背景として、彼らの親(特に父親)が、息子に服装について教えられない世代であったことと、社会の中に「おしゃれ=チャラチャラしている」という通奏低音があったことを思い出したので、「脱オタ世代の時代背景」という切り口から、書いてみようと思う。

 

「おしゃれ=チャラチャラ」だった時代

90年代後半に出版された、光野桃「私のスタイルを探して」の冒頭のほうに、こんな文がある。

ぼろを着てても心は錦――ファッションについて考える時、私の頭の中にはまず、このフレーズが浮かび上がる。ファッションに関わる仕事をしている、と人に話す時に、いまでも一瞬の戸惑いがあるのはそのせいだ。

ファッションなんてチャラチャラ着飾るためだけのもの、軽薄でくだらないもの、外見を取り繕うことにうつつを抜かすなんて知的じゃない、人間大切なのは中身だ――そういう考えが、二十一世紀が間近になった今日でも日本には根強く残っている。

あの頃、日本人はかつてのストイックな国民性を捨て去ったかのようにモノに狂奔した。世界中のファッション・ブランドが洪水のように押し寄せ、「ぼろは着てても……」から「とりあえず中身はどうでも錦を着てなきゃヒトじゃない」といった気分が一気に蔓延した。

そしてバブルが去り、ふと熱狂から覚めた時、私たちはそれまでの「錦を欲しがった」自分を責めた。ああやっぱり外見にこだわり、外見を飾ることに熱中した私は馬鹿だった、なんて無駄遣いをしてしまったのだろう、と。そしてまた以前の「ぼろは着てても……」にすっかり戻ってしまったのである。

 

「脱オタクファッションガイド」が刊行されたのは2005年とのことだが、当時も、このようなファッション観は、まだ日本社会に色濃く残っていたように思う。脱オタ世代の親、特に父親たちは、「ファッションは女がするもの」「男が見た目を気にするなんて」「おしゃれ=チャラチャラしている」と考えている人が、少なくない時代だった。父親世代がそうだったということは、学校教師たちの多くもそうだった。

私は、日本人のおしゃれに対する偏見は、学校の服装指導によって植え付けられると考えている。中高生時代、おしゃれをすることは、イコール校則違反をすることだった。ファッションに興味のないオタクは、見た目のことで教師から目をつけられることはなく、模範的な生徒として過ごせた一方、特にモテはしなかった。一方、スクールカースト上位層は、茶髪に細眉、腰パンかルーズソックスで、教師に目をつけられているグループだった。

脱オタする動機として、「バカにされたくない」だけでなく、「彼女ほしい」という、切実な願いがあった人も多かったのではないだろうか。(現在よく言われている「清潔感」だって、目的は似たようなものだ。)オタクの中には、「自分はあんな軽薄でチャラチャラした連中とは違う」という自意識を拗らせてしまい、おしゃれをするということが、自分が尊敬できないタイプの人間の真似をすることだと思いこんでしまって、最初のステップを踏み出せないでいる人もいたと思う。

 

父親たちは、息子に着こなしを教えられなかった

脱オタ世代の父親たちは、息子に服装について教えられない世代であったと思う。それ以前の世代だと、まだ着物の文化が日常生活の中で生きていた頃で、「男が見た目を気にするなんて」とは言っても、日本社会で生まれ育った中で、本人が意識すらしていない、自然と身についた着物の感覚が、文化資本としてあった時代だったのではないだろうか。

それが、戦争によって、多くの人が服を買う余裕がなくなり、その後の洋装の普及によって、着物を着る習慣は一気に衰退した。和服の文化資本は受け継がれず、かといって洋服の文化資本も中途半端になってしまったのが、戦後の世代だったのかもしれない。

 

例えば、私の親世代だと、男性のフォーマルといえば、ネクタイを替えるだけで慶事にも弔事にも使えるダブルのブラックスーツだった。どうやらあれは、戦後、日本人が貧しく、十分に礼服を揃えられなかった時代に、カインドウェアという老舗紳士服会社が考案したものが、その後の時代も定着してしまっていたものだそう。ヨーロッパの礼服の文脈を踏まえたものではないので、欧米人にとっては奇妙に見えるようだ。*1*2

 

あの時代のおじさんたちが履いていた「餃子靴」などもそうだった。フォーマルな革靴とは、紐靴やモンクストラップといった、履く時に一手間かかるタイプのもので、スリッポンタイプの革靴は、カジュアル寄りのアイテムだ。なので、スーツにネクタイの時は、紐靴かモンクストラップの靴を合わせるのが、洋装の文脈だ。

しかし、あの時代のおじさんたちの多くは、「スーツにネクタイしめて、革靴履けばいい」程度の認識だっただろう。革靴にも色々な種類があって、どれがフォーマルでどれがカジュアルか、それによって合わせる服も違ってくることを、認識できていない人も、沢山いた。*3

 

戦争による経済的余裕のなさに加えて、戦後、あまりにも早く、多くの男性がスーツを着たサラリーマンになる「一億総中流」の時代になったことも、洋服の文化資本が十分に根付かなかった一因になったかもしれない。

移民の子どもに起こりがちな現象として、親の言葉も移住先の国の言葉も、中途半端にしか習得できておらず、言語習得が不十分になってしまっている状態のことを、「セミリンガル」とか「デミリンガル」などと言うらしい。それに例えるなら、近代日本人は、服装において、着物と洋服のバイリンガルになることにも、どちらかを母語としてしっかり身につけることにも失敗し、服装文化のデミリンガルになってしまったのかもしれない。

 

日本人は、スーツを学生服の延長だと思っている

2010年バンクーバー五輪の、スノーボーダー國母和宏の「腰パン騒動」。オリンピック選手の公式制服を着た彼が、空港で、当時若者の間で流行していた、スボンをずり下げてはく「腰パン」スタイルをしていたことが、マスコミに取り上げられ、批判を浴びた。

また、バンクーバー五輪が終わった後、新たに女子バレー日本代表の監督に就任した人が、テレビのインタビューで「世界に通用するチームを目指す」と言っていながら、その後に「茶髪禁止!」と言っていた。世界に通用するチームを目指すのに、茶髪禁止???

 

当時、私が思ったことは、「日本人って、『スーツ』や『きちんとした服装』を、学校の校則を基準に考えているんだな」だった。

学校の服装指導というのは、あくまでもその学校のローカルルールであって、オリンピックなどのグローバルな場で通用するドレスコードとは、別物だ。しかし、多くの教師が「学校は、社会に出るための練習の場」「学校でやっていけないんじゃ、社会で通用しないぞ」と良い、服装指導もその一環だと考えているので、日本人は、スーツは学生服の延長だという勘違いをしてしまっている。

 

学校の服装指導の基準は、大人が見て安心できる「スレてない若者」――はっきり言ってしまえば、処女童貞っぽい服装だ。模範的生徒の服装がモテにくい理由は、実はここにあるのではないかと思う。もしかしたら、(特に若い世代の)「モテ」側の人間から見ると、親や教師の価値観に従っているような服装をしている人間は、無意識的に、「性愛的なことをする準備ができていない」「精神的に自立していない」という印象がしてしまうのかもしれない。

ミシル@構造と詩(@misiru43)
ヤンキーやギャルがなぜまともになるかって言ったら最初に親を殺してるからなんよな。で、優等生ほど毒親の呪いが長引くのは親を殺せてないから。親を殺さないと親と分離できない。分離できないと許したり感謝したりすることができない。まず親を殺すこと。殺すためにまともになることを諦めること。
2026年5月6日

https://x.com/misiru43/status/2051873212045430821

 

一方、社会で通用する服装とは、冠婚葬祭等にどのような格好をするかといった、社会の共通プロトコルだ。普段、多種多様な仕事や生活をしていて、多種多様な服装や髪型をしている人たちも、葬式で喪服を着れば、その場に合った服装をしていると見なされる。

学校の服装指導は、実は、多くの教師が言っていることと違って、冠婚葬祭の時の服装や、スーツの着方や、社会人に求められる髪型や眉などの整え方や化粧の仕方などといった、「社会で通用する服装」を指導しているわけではない。

 

そして、これが混乱の元なのだと思う。つまり、「脱オタ」世代の親たちは、学生時代に受けた服装指導が、服装の判断基準になっていて、それが、「おしゃれ=チャラチャラ」という思い込みに繋がっていたのではないだろうか。そして、スーツを学校の制服と同じだと思い、「スーツにネクタイしめて、革靴履けばいい」……

もしかしたら、男性の方がそういう傾向があるかもしれない。なぜなら、女性の場合、高校時代までは「化粧をするな」と言われ、社会人になってからは、化粧をすることが推奨されるので、学校における「きちんとした格好」と、社会人としての「きちんとした格好」は別物だということを、どこかの時点で理解させられるからだ。*4

本来なら、学校を卒業したら、校則指導的な服装基準から、社会人としての共通プロトコル服装基準に、頭を切り替えたほうがいいのだろう。

 

洋服の着方も、着物の着方を学ぶのと同じように学ぶ

実際には、スーツは「学生服の延長」ではなく「西洋の着物」と言ったほうが近い。現代の着物が、日本の服装の歴史の上に成り立っているように、スーツも、西洋の男性服の歴史の上に成り立っている。着物には、着方や組み合わせに、ある程度ルールがあるように、スーツにもそういうものがある。

なぜ脱オタの話でスーツについて話しているのかというと、歴史的に、西洋の男性服の基本はスーツなんですね。だから、スーツのことがわかれば、フォーマルからカジュアルまでの着こなしが、大体わかる仕組みになっている。そして、無駄に装飾のあるダサいワイシャツを選んでしまうリスクを避けられる。

元スーツ屋さんも、これについてこう言ってる。

マーティ・ポテトフライ (@martypotetofry)
ご質問ありがとうございます!
そもそもスーツはファッションというより伝統服です。日本でいう着物に近く、様々なルールや制約があり、実はカジュアルの様に自由ではないのです。画像の様なシャツを着る様子は英国人からすれば、帯をダルダルにして左右の合わせを反対にして着物を着ているのと同じ。
2025年6月23日

https://x.com/martypotetofry/status/1937000003958140956

 

ファッションで1番重要なのはアイテム単体ではなくコーディネートとサイズ感。すなわち「なにを着るか」ではなく「どう着るか」なんだけど、これがネットだと説明むずかしい。脱オタ全盛期の2000年ごろは動画がなくて文章メイン+気持ち程度の画像だったからなおさらそう。これもあの時代の脱オタの難しさだったと思う。

なぜ脱オタは『様にならなかった』のか - センス/ハビトゥス/スクールカースト負の連鎖 - 自意識高い系男子

コーディネートが重要というのは、着物の場合は当然視されることだが、本来は洋服の場合だってそうなのだ。そして、サイズ感は、着た時のシルエットを決定付けるものだから、着物で言えば着付けに当たるだろう。着付け方がなっていなければ、良いシルエットが出せず、格好良くは見えないように、サイズ感が合っていなければ、洋装も格好良くは見えない。

特に、立体裁断である洋服は、シルエットを重視する文化で、その時代の流行りのシルエットがある。洋服のおしゃれが理解できるようになることは、シルエットの構築が理解できるようになることだと言っても良い。おしゃれが苦手な人は、大抵、シルエットを基準に考える視点に立てていないことが多いので、無駄に装飾のあるダサいワイシャツや、4℃のハートネックレスを、おしゃれなんじゃないかと思って選んでしまう。

 

強いて難点を挙げるなら、ファッションアイテムがもつテイストを見分けるにはそれなりに経験が必要だということ。

革靴のウイングチップがカジュアルでプレーントゥがフォーマルとされているのはなぜなのか、私は結構長い事わからなかったんだけど、ある日突然感覚的に「理解って」以来もうそうとしか見えない。なぜ理解ったのか私にもわからない。


「なぜ理解ったのかわからない」といま書いたけど実はコレ嘘で「文脈を身体的に理解した」って事なんですよね。うちらは日本語ネイティブだから「私/僕/俺/おいら」がちがうニュアンスを持つことをパッと感覚で理解できるけど、英語の「watch/ look/ see 」のちがいはわかりにくいでしょ。これを理解するには「身体的文脈理解」が必要。

なぜ脱オタは『様にならなかった』のか - センス/ハビトゥス/スクールカースト負の連鎖 - 自意識高い系男子

ウィンクチップとプレーントゥ、どちらがフォーマルなのかという、西洋服の文脈を理解するのは、帯締めや羽織紐などのうち、どれがカジュアルでどれがフォーマルかといった、着物の文脈を理解するのと同じようなものだ。

www.ny-onlinestore.com

 

(外見という領域における)個性は、高級なブランド品を買いあさることで身に付くものではなく、自分自身と外見との整合性をすり合わせながら、自分なりにセンスの感覚を磨いていった先に(勝手に)見出されるものだったと思う。その手前の段階にあって脱オタクファッションなどと言っている人々に必要だったのは、模倣、模倣、模倣、それから自分自身と外見との辻褄合わせだった。

なぜ彼らは脱オタクファッションに失敗したのか in 2026 - シロクマの屑籠

「高級ブランド品を買えば、おしゃれになれるのでは?」と考えるのは、着物の文化資本を持たず、着物の基本のキを知らない外国人が、「高級な着物を着たら、おしゃれになれるのでは?」と思っているようなものだと考えれば、そんなことではおしゃれになれないし、「服に着られている」状態になってしまうのは、よくわかると思う。これ、脱オタだけでなく、バブル期の日本人も、こういう考えに陥ってたよね。

 

なぜ「脱オタ」に失敗してしまう人が多いのかというと、洋服を学ぶ時の入り口を、間違えてしまうからだろう。私は、洋服のおしゃれについて学ぶ時も、着物の着方を学ぶ時と同じ手順でやったほうが良いと思っている。

着物を着れるようになろうとする人の多くは、まず、初心者向けに、着物の着方やTPO、手入れ方法などを、いちから説明している本を購入し、着物について知っている人から着付けを習おうとする。

しかし、「脱オタ」の時代、洋服でおしゃれになろうとする人は、まずファッション誌から読み始めてしまう人が多かった。私は、ファッション誌は音楽情報誌のようなものだと思っている。あれを読んでも、自分で楽器が演奏できるようになれるわけではない。

 

戦前の、まだ洋装する人が珍しかった頃には、初めて洋装をする人向けの指南書みたいなものがあったそうだ。当時の日本人は、いちから「西洋の衣服」という異文化を学ぶつもりでやっていたのだろう。それを考えると、現代の洋服を着るのが当たり前になった日本人のほうが、かえって、あまり考えずに、なんとなーく洋服を着てしまうので、学びの入り口を間違えてしまいやすいのかもしれない。

2010年代、MBが劇的な支持を集めたのは、ファッションレベル0の男性に対して、着方を解説してくれる人だったからだ。

 

2019年の記事

”――月曜から金曜までスーツを着ている男性の中には、何十年もスーツ以外の服を全然買ってこなかったという人も多い。おじさんが土日に着る私服がひどいという話はよく聞きます。

MB:男性は結構危機感を持っていますよ。僕がやっているファッション指南のメルマガ読者は、当初から上の年代を狙っていたんですが、蓋を開けてみると思った以上に多かった。65歳で定年を迎えて、スーツを脱いだ瞬間に何着ていいかわかんなくなるんですよ。”

 

”MB:カジュアルにしなきゃいけないのに、どうやってカジュアルにしていいか、わからないという男性は多いです。結局、男はファッションに対するリテラシーが培われていないんですよ。女の子はお母さんから服の良し悪しや着方を教えてもらうけど、我々男は父親から教えてもらったことがない。だからリテラシーが存在しない。”

 

”米澤:ヨーロッパの街でそこまで変な恰好をしている人を見かけないのは、着こなしの教えが親から子に連綿と継承されているからじゃないかと思うんです。いわゆる文化資本ですね。対する日本は、洋服の歴史ってたかだか140年、女性に限って言えば100年くらいしかない。加えて、中高時代は画一的な制服しか着ないので、着こなしが学べない。”

インスタとユニクロで日本人の「おしゃれ」が変わった(米澤 泉,MB) | 現代ビジネス | 講談社

 

ファッションが知的活動として認識される時代になった

「おしゃれ=チャラチャラ」の裏には、ファッションとは「女がすなるもの」だったことも、指摘しておかなければならないだろう。ある世代ある種の男性たちにとって、「女がすなるもの」は知的じゃないに決まっていた。

「女がファッションに気を使うのは、男にモテるためだ。だから結婚した女にはファッションは不要だ。ファッションに気を使う男は、女にモテたい『軟派』で『軽薄』なやつだ」……00年代、大人たちの間には、まだそういう価値観が根強く残っていた。ファッションが知的活動や文化として認識されるようになり、「モテ目的」ではないシニア世代向けのファッション需要が注目されるようになってきたのは、ごく最近のことだ。*5

服飾という分野が、文明誕生以前からの人類最古の創造的活動のひとつであり、歴史上、男性も相当着飾ってきたことを考えると、人類は身体を装飾したがる生き物なのだろう。

 

冒頭で取り上げた「私のスタイルを探して(著:光野桃)」は、ファッション迷子だった著者がミラノに行き、服で自分を表現できるようになった話が書いてあったが、今の日本は、やっと「おしゃれ=自己表現」だと認識される時代になったと思う。

ちなみに、この本に関しては、過去に記事を書いてある。

yuhka-uno.hatenablog.com

 

 

色々きっかけになった記事。

p-shirokuma.hatenadiary.com

note.com

ta-nishi.hatenablog.com

ta-nishi.hatenablog.com

note.com

 

 

2006年の映画『プラダを着た悪魔』の、象徴的な「セルリアンブルーのセーター」のシーン。主人公のアンディは、当初、ファッションに対して冷笑的だった。まぁ、相手の仕事バカにしたらこうなるわな……


www.youtube.com

 

 

[2026.5.9追記]

ブクマコメントより

id:notio 面白いけど、親からの服飾継承の話であれば、この時代は、父親よりも母親ではないかな。親戚づきあいを含めた。そこに父親の不在を見ることもできるけど。あの時代、家庭の服飾コードを担っているのは母親だろうと。

確かに、あの世代の男性って、服装に関することを、全部妻に丸投げしてる人も多かったよね。でも、ほとんどの女性は、男性のスーツの着こなしの具体的な方法については、知らないんだよな〜。だからこそ、息子への服飾継承ができなかったわけで。

 

 

 

 

 

『ルックバック』の犯人のセリフは、単行本版が最も京アニ事件の犯人像に近い

最近、ルックバックの映画版を地上波で見たことをきっかけに、この記事を書くことにした。この原作漫画は、一番最初に公開された時、非常に反響を呼び、感動した人が多かったと同時に、精神障害者(特に統合性失調症患者)に対する偏見を助長するとして批判を受け、その後、犯人のセリフが二度に渡って修正された。

この件について、改めてここで解説しておこうと思う。ただ、私はその道のプロではないので、自分のわかる範囲で書いているだけだということ、そして、この記事の内容はネタバレを含んでいることを、予めことわっておく。

 

批判された箇所は、ラスト近いシーンの「犯人」のセリフについてで、「京アニ事件の犯人をモデルにしているんだろうけど、ならば、なぜ実際の犯人の動機にはなかった、(統合性失調症を思わせる)幻聴要素が入っているのか?」という理由で批判している人が多かったと思われる。

 

犯人の男のセリフは、以下のように修正されていったようだ。

〈ジャンプ+〉修正前
「絵から自分を罵倒している声が聞こえた」
「オレのをパクったんだろ!?」

 

〈ジャンプ+〉修正後
「誰でもよかった」
「絵描いて馬鹿じゃあねえのかあ!? 社会の役に立てねえクセしてさああ!?」

 

単行本版&映画版
「ネットに公開していた絵をパクられた」
「俺のアイデアだったのに! パクってんじゃねえええええ」

 

この漫画に登場する犯人は、読者たちに、即座に京都アニメーション放火殺人事件を連想させた。おそらく、作者もそれを意図していただろう。この中で、最も京アニ事件の犯人像に近いのは、単行本版&映画版である。

修正前の最初期版における「絵から自分を罵倒している声が聞こえた」というセリフは、犯人に幻聴の症状があることを示している。一方、「オレのをパクったんだろ!?」というセリフは、病的なまでに思い込みが激しい症状(妄想)があることを示している。一見、どちらも「起こっているはずのないことを、起こっていると思い込む」という点では同じだが、精神疾患の症状としては、幻聴・幻覚と、病的な思い込み(妄想)は、区別される。

実際の京アニ事件の犯人は「京都アニメーションに応募した小説からアイデアを盗まれた」と言っている。*1一方、「絵から自分を罵倒している声が聞こえた」ということを言っていた情報はなかった(少なくとも、私が探した限りにおいては)。京アニ事件の犯人は、精神鑑定の結果、「妄想性障害」「妄想性パーソナリティ障害」と診断されている。*2なお、事件当時は、犯人の「アイデアを盗まれた」発言を受けて、ネット上で「統合性失調症なのでは」と言う人が多かったが、それは不正確な憶測だ。

 

よって、京アニ事件の犯人をモデルにしているのなら、動機を「盗作されたと思い込んだ」にするのは当然なのだが、「絵から自分を罵倒している声が聞こえた」というセリフについては、ある程度精神疾患について知識がある人から「なぜ無関係な要素を足したの?」と思われるのは、まぁ、それはそうだよね、と思う。

 

実際、ルックバックが掲載された当時、精神科医の人がこう言っていた。

風のハルキゲニア
@hkazano
ルックバックの件、これは統合失調症患者が身近かどうかでだいぶ印象は変わると思うのですね。私は、初読の時に、あ、これは嫌な描写だな、と感じたし、今回の修正は評価してます。
午後3:53 · 2021年8月2日

https://x.com/hkazano/status/1422088083307073537

風のハルキゲニア
@hkazano
どこが嫌かというと、まず「絵から罵倒が聞こえた」という描写が統合失調症のステレオタイプ。そしてそれは、作品を読めば連想される京アニ事件の犯人の人物像とは全然違うこと。全く関係ないこの両者を物語の中で結びつけているところ。
午後6:41 · 2021年8月2日

https://x.com/hkazano/status/1422130442216493058

 

また、精神科医の斎藤環氏も、当時、こう述べていた。

” 本作の後半に、多数の命を奪ったとされる「通り魔」が登場する。私は本作の類いまれな傑作性を十分に認めた上で、この「通り魔」の造形には一抹の不安と懸念を覚え、以下のようにツイートした。

「ただし1点だけ。やむを得ないとは思うけれど通り魔の描写だけネガティブなステレオタイプ、つまりスティグマ的になっている。単行本化に際してはご配慮いただければ。」”

 

”他の人物造形が繊細かつ入念になされているだけに、なぜここだけ、ひどく凡庸な狂気のイメージが置かれたのか、それが不可解だったのだ。ステレオタイプ、というのはそういう意味のつもりだった。”

「意思疎通できない殺人鬼」はどこにいるのか?|斎藤環(精神科医)

斎藤環氏は、ひきこもり支援の第一人者である。彼がこの漫画について「他の人物造形が繊細かつ入念になされている」と言っているということは、京本の人物像については、ステレオタイプ的なひきこもり像ではなかったと考えているのだろう。一方で、犯人像は「ステレオタイプ、つまりスティグマ的」と言っている。

 

修正の変遷を見ると、最初に修正した時は、作者も編集者も(おそらく読者の多くも)、何が批判されているのか理解できていなかったので、とりあえず精神疾患要素を全部省いた結果、京アニ事件要素までなくなって、無差別通り魔事件の犯人っぽくなってしまった。そして、単行本化するにあたって、専門家のアドバイスを受けたのかもしれない。統合性失調症の要素は省かれ、「俺がネットに上げてた絵をパクった」というセリフが足されて、犯人の動機により具体性が増している。最終的に、京アニ事件の犯人像を反映するという、作者の意図通りの形になったのかな?という気がする。

 

精神疾患患者に対しては、「犯罪者予備軍」という世の中の偏見が根深く存在している。とりわけ、統合性失調症は「幻聴・幻覚から犯罪を犯す」という偏見が、昔から存在しているため、この手の表現の扱いはセンシティブだ。

まぁ、もし「絵から自分を罵倒している声が聞こえた」が動機なら、犯人の破壊衝動は、絵を描いた人よりも、絵そのものに向かうのでは……?という気もする。実際の患者は、絵に対して一生懸命言い返すとか、耳を塞いで絵から逃げ出すとかするかもしれない。

 

ところで、私は、この件に関して、2024年のハリウッド制作ドラマ「SHOGUN 将軍」を思い出している。このドラマについての真田広之のインタビューを読んでいると、彼は、相当「ラストサムライ」などのハリウッドにおける日本描写に対して、思うところがあったのだろうな、ということが伺える。

「この作品が、異文化を描く時のニューノーマル、常識になってくれることを祈っています」と、真田は想いを込める。「今時、これくらいやらないと恥ずかしいよ、ということを、スタジオや作り手が考えてくれるキッカケになれば。5年後、10年後、より多くの日本の題材や俳優たちが海外に進出してく可能性が広がってほしい。そのためにも、本作を成功させたかったのです」。

真田広之「SHOGUN 将軍」、裏側の闘い語る ─ 「この作品をニューノーマルに」「今時、これくらいやらないと恥ずかしいのだと」【単独取材】 | THE RIVER

日本国内においては、日本人と日本文化はマジョリティだが、ハリウッドにおいてはマイノリティである。それゆえ、ハリウッドの日本描写はトンデモになることが多く、そういった欧米人の勘違い日本描写は、日本人にとっては、ある種面白いものでもあるが、中には有害なステレオタイプもあり、それは問題だ。

 

1980年代に制作されたドラマ「SHOGUN 将軍」については、全体的に女性差別的だったと言わざるを得ない。それも、ただの女性差別ではなく、欧米におけるアジア人女性に対するステレオタイプが反映されていた。「アジアン・フェティッシュ(Asian fetish)」と言って、アジア人女性は、男性に対して従順で性的でエキゾチックだという、まるで処女厨の夢みたいな、白人男性にとって都合の良い思い込みである。

また、原作には、主人公ブラックソーンの男性器を見た日本人女性たちが、その大きさに興奮するシーンがあるが、これは、「アジア人男性は男性器が小さい」というステレオタイプの反映だろう。

映画「ティファニーで朝食を」に登場するミスター・ユニオシは、ハリウッドにおけるアジア人差別描写といえば、必ずこれが挙げられるというくらいで、白人男性の俳優が、メガネで出っ歯で訛の強い日本人男性を演じている。おかしなことに、トルーマン・カポーティの原作では、ユニオシにそういう描写はされていない。

 

私は、こういったステレオタイプ表現は、修正できるのなら修正しておくに越したことはないと思っている。偏見を助長するからという理由はもちろんあるが、何十年後かに「まぁ、この部分はね、この時代はこういう認識だったんだよね」と評価される作品になるか、「時代を超えた作品」と評価される作品になるかの、分かれ目でもあるからだ。そして、前者の評価になってしまった作品は、作者自身、「あの時、気をつけていれば良かったな……」と思っていることが多い。

また、こういった修正は、できるだけ専門家のアドバイスを受けたほうが良いだろう。というのも、作者や編集者が、何が間違っているのかわからない状態で修正しても、かえって的外れになったり、いかにも批判を恐れて萎縮しただけの、作品内容が希薄なものになってしまいがちだからだ。専門家のアドバイスを受けるのは、単に批判を回避する目的だけでなく、より作品を本物らしくするという、積極的な効果をもたらすことも多い。正直、ルックバックの例のシーンを最初に見た時は、「これ、めっちゃ大事なシーンなのに、こんなんでええんか?」と思ったので。

ちなみに、ネットで単行本版の再修正に関する感想を読んでいると、「クレーマーざまぁ!俺たちの大勝利!(意訳)」みたいに言ってる人がいて、あーこの人なんにもわかってないなーと思った。*3

 

ルックバックがネットに掲載された当時の過去記事。

yuhka-uno.hatenablog.com

私はこの記事の中で、産婦人科を舞台にしたドラマ「コウノドリ」の、聴覚障害者を扱った回について、違和感を感じたことを書いたが、あれから2023年、「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」という、聴覚障害を扱ったサスペンスドラマが放送され、話題を呼んだ。このドラマは、草彅剛が、聴覚障害者の両親の元に生まれた聞こえる子(コーダ)という背景を持った主人公を演じており、実際にコーダとして育った人の監修と、多くの聴覚障害者の俳優の出演という、なかなか攻めた、リアリティを感じる内容になっていた。

 

 

この記事は、こちらのサイトを参考にして書きました。

virtualgorillaplus.com

 

 

 

 

 

 

女にモテようとして抹茶を飲む男「Performative male」ミームが、2025年の欧米で流行

「ラブブ、抹茶、ドバイチョコレート」……これは、現在の欧米のSNSで、ミームのように言われている言葉だ。これらは、2025年の3大流行、もとい、3大消費主義の象徴である。いずれも、価格高騰と不足が起こり、転売や偽物が横行した。

 

ラブブは、2015年、香港生まれオランダ育ちのアーティスト、カシン・ロン(Kasing Lung)によって生み出された、北欧神話にインスピレーションを受けたキャラクターだ。彼が創り出した「THE MONSTERS」の世界で、無害なイタズラをする生き物として描かれている。2024年、BLACKPINKのリサがルイ・ヴィトンのバッグにラブブの人形チャームをつけていたことから、一気に広まったという。その外見は「ugly cute」と言われている。(日本語で言うと『ブサかわいい』かな?)

日本では、ちいかわと比較されて、「どちらがかわいいか」で論じられることが多いように思うが、現在流行しているラブブの消費のされ方は、ファッションアイテムに近いと思う。高級バッグに、あえておもちゃのような遊び心のあるチャームをつけるのが流行っているのだ。つまり、ラブブに夢中になっているのは、子どもよりも大人である。*1*2

また、「ブラインドボックス」という、開けてみるまで中身がわからない「くじ引き」的な売り方をしているため、TikTokなどで、ラブブ開封の儀を行う様子を動画に撮って上げるのも流行っている。

あまりの人気に、価格高騰と品薄と転売が横行しているので、流行る前からラブブが好きだった人たちは、少々うんざりしている様子だ。

 

togetter.com

 

ドバイチョコレートは、見た目は分厚い板状のチョコレートで、中にクリーミーなピスタチオのフィリングと、カダイフという中東の極細糸状の麺生地が入っている。鮮やかな緑色の断面と、食べた時のパリパリとした音が、ソーシャルメディア上での視覚的な映えと聴覚的なASMR効果によって、主に欧米圏で一気に話題になった。「ドバイチョコレート」というネーミングも、高級感を感じさせる要因になっているらしい。あまりに流行ったので、ピスタチオ不足が起こっている。

 

抹茶の流行に関しては、過去記事『海外では、抹茶ラテを飲むとTikTokでクールに見える〜高価でおしゃれなスーパーフードはステータスシンボル』で、主にアメリカで、抹茶がどういうイメージになって、どのように消費されているのかを書いたので、詳しくはそちらをご覧ください。今回は、2025年の欧米で流行った、抹茶に関する興味深いミームについて書いておく。

「もうコーヒーは飲まない。今は抹茶派」と言わなければ、クールじゃない。翻訳:最近、緑色の飲み物を飲むとTikTokでよりスマートに見えるということを発見しました。

Why Is Everyone Suddenly Drinking Matcha? The Truth Is Kinda Hilarious - Youtube(なぜみんな急に抹茶を飲むようになったのか? 実はちょっと笑える)

 

Performative male(パフォーマンス的な男性)というミーム

過去記事『抹茶だけじゃなかった〜問題の本質はアメリカにおける「スーパーフード化」にある』では、アメリカでは「Matcha man」が「女々しい男」という意味になっていることについて触れたが、今年辺りから「Performative male」というミームも流行している。これは、「女性的な文化を理解している男や、フェミニストのふりをして、女の気を引こうとする男」という意味だ。(この反対像は、古典的にマッチョな『Alpha Male(アルファ男性)』だろう。)

en.wikipedia.org

「Performative male」、Wikipediaのページまで作られている。典型的には、抹茶ラテ、ラブブの人形、トートバッグ、有線イヤホン、古着、バギージーンズという格好で、特定の女性インディーズアーティストの音楽を聴き、公共の場でフェミニズム文学を読む……といった要素が挙げられる。

つまり、女性の気を引くために、本当は興味がないのに、自分は女性的な文化を理解している、知的で進歩的で教養ある男なんだとか、「僕は君たちとは違うんだ」みたいな、自己演出、パフォーマンスをする男性ということ。(日本風に言うと、『ニセ文化系男子』『似非サブカル系男子』って感じなのかな?)海外ではZ世代のミームになっていて、男性が抹茶ラテを持っていると「お前、performative maleじゃん!」みたいな感じで言われるようだ。

今年、アメリカを中心とした国々では、各地の大学などで「Performative male contest(パフォーマンス的な男性コンテスト)」が次々に開催されていた。そっくりさんコンテスト的な感じで、どれだけperformative maleっぽく振る舞えるかを競い合う催しだ。

ただ、最初のうちは、女性たちの間から、「こういう男、いるいる!気をつけて!」と言う目的で始まったミームだったものが、だんだんと、単に女性的なものが好きだったり、抹茶ラテを飲んでいるだけの男性をからかうものになってきて、それを問題視する声も上がっている。海外では「なんで大人の男が抹茶飲んでるの?」と言う人さえいる。

 


www.youtube.com

 

私が「Performative male」を見た時に思ったことは、「これ、ラブブとフェミニズム文学を除いたら、日本の若者として普通の格好だな……」だった。日本では、若い男の子が抹茶ラテを飲んだりトートバッグを持つのは普通のことだし、今時の若者がバギーパンツを履いているのは、ただ単に、そのシルエットが流行っているからだ。実際、向こうの人も、これが東アジア人の男の子っぽいと気づいた人もいる。(ラブブは中国のものだし。)

おそらく、彼らは「東アジア人っぽくしよう!」と思ってそうなったわけではなく、今の欧米のZ世代の間では、東アジア的なものがクールになっているからなのだろう。この背景には、アニメとK-POPの流行があると思う。ただ、アメリカでは、昔から、東アジア人男性は「女々しい」「男性的魅力に欠ける」というステレオタイプが存在していたため、アジア的な文化である抹茶やPerformative maleの要素が「女々しさ」と結び付けられていることを疑問視する声もある。*3

 

Asian men have historically been portrayed as creepy, effeminate, and manipulative men who were a threat to White women, a narrative that began with racist anti-Asian propaganda in the 19th century. It’s unsurprising that to this day, a man who engages in soft, Asian-coded interests is still perceived as predatory and disingenuous.

Softness and Asianness were previously viewed as unattractive traits for men. Now, with the rise of feminism, K-pop and K-dramas, gone are the days of the jocks and frat bros: soft boys are the ones that women want. But how can men fulfill this new standard without being labeled as “performative”?

(アジア系男性は歴史的に、白人女性にとって脅威となる、気味が悪く、女々しく、策略家な男性として描かれてきました。この物語は19世紀の人種差別的な反アジア人プロパガンダに端を発しています。今日に至るまで、アジア系特有の軟弱な利益を追求しようとする男性が、略奪的で不誠実な人物と見なされているのも不思議ではありません。

かつて、柔らかさやアジアらしさは男性にとって魅力のない特徴とされていました。しかし今、フェミニズム、K-POP、Kドラマの台頭により、スポーツマンや学生クラブの仲間たちの時代は終わり、女性が求めるのは柔らかな男の子です。しかし、男性はどうすれば「パフォーマンス」とレッテルを貼られることなく、この新しい基準を満たすことができるのでしょうか?)

gender has always been performative pack your matcha, it's time to talk about performative males(ジェンダーは常にパフォーマンス的なものだった 抹茶を用意して、パフォーマンス重視の男性について語りましょう)

 

@whitecheezz
im a guy who genuinely loves wearing these fits, and i find it weird nd funny at the same time how alot of ppl refer to this style performative, bcs in my country (korea) its pretty common to see these type of styling

(@whitecheezz
私は本当にこれらの服を着るのが大好きな男ですが、多くの人がこのスタイルをパフォーマンスと呼ぶのが奇妙で面白いと思います。なぜなら私の国(韓国)では、このタイプのスタイリングを見るのはかなり一般的だからです。)

@pixxxiedusttt
 @whitecheezz  a lot of the “performative male” outfits come from the popularization of kpop and just general korean things. a lot of girls want a kpop/kdrama man and guys are dressing like that because they want to impress the girls lmao

(@pixxxiedusttt
 @whitecheezz 男性の「パフォーマンス」的な服装の多くは、Kポップや韓国の一般的なものの普及から来ています。多くの女の子がKポップやKドラマの男性に憧れていて、男たちは女の子に印象づけたいからそういう格好をしているんです。笑)

PERFORMATIVE MALES... aka the pick me boys 💔🥀 - YouTube

 

過去記事でも書いたが、そもそも、アメリカでは、男は肉食ってブラックコーヒー飲めというマッチョ思想があり、ミルクが入ったカフェラテは、「女性的」と見なされるようだ。*4どうやらアメリカでは、何を飲み食いするかが、時には、保守対リベラル、体育会系対文化系といった、その人の立ち位置を示す意味合いを持つことにもなるようだ。*5港にお茶を捨てて独立した国だからなのかもしれないが、皮肉なことに、アメリカ人が消費しているコーヒーのほとんどは輸入品なのに対して、乳製品のほとんどはアメリカ産である。

2010年代後半のタピオカミルクティーブームは、日本に限らず世界的な現象だったが、日本でも海外でも、このドリンクは「女の子っぽいもの」と認識されていた。一方、タピオカミルクティー発祥の台湾では、日常的な飲み物として広く愛されており、老若男女、幅広い層の人たちが飲んでいるそうだ。*6抹茶ラテは、アメリカの影響で、中東やインドや東南アジアでも、女性的な飲み物と見なされている。

ちなみに、お茶とミルクを混ぜる飲み物自体は、モンゴルのスーテーツァイ(塩入りミルクティー)が、世界最古級かもしれない。

 

黒人男性発、quarter zip(ハーフジップニット)と抹茶で上品な紳士になろう!

11月初旬、ある若い黒人男性がTikTokに投稿した動画がバズった。*7彼らは、ハーフジップニットを着てアイス抹茶ラテを持ちながら、冗談めかしてこう呼びかけた。

男性の1人、ジェイソン・ギャムフィ(Jason Gyamfi)は「俺たちはナイキテックはやらないし、コーヒーも飲まない。ここはクォータージップのストレートなプルオーバーと抹茶だ。俺たちは人生をアップグレードしたんだ。今は眼鏡をかけている」と宣言する。ギャムフィはさらに、友人がその日の活動のために外出する前にナイキテックを着たいというが、自分たちはそれらの服から「アップグレードした」のでそれを止めたと述べている。それに対して、もう1人の男性は「昨日は貧民街にいたが、今日はこのセーターを着て、ブランクストリートにいる。人生を変える仲間だ、テックは置いてけぼりだ」と答えた。他の多くの男性もオンラインでも現実世界でもこれに倣った。

What Can Quarter Zips and Matcha Tell Us About Modern Masculinity? | GQ(クォータージップと抹茶は現代の男らしさについて何を教えてくれるでしょうか?)

 


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「quarter zip(クォータージップ)」とは、襟元の上部4分の1部分にチャックがあるセーターやフリースのことだ。日本だと「ハーフジップニット」という言い方が主流だろう。アメリカでは、金融企業などのホワイトカラー層の典型的なビジネスカジュアルらしい。*8大学を卒業した若者が就職するにあたって着る服という位置づけだ。私は「お父さんが休日に着ているよう服だな」と思ったが、向こうでも「お父さんっぽい服」という認識ではあるようだ。一方、ナイキのテックフリースは、向こうの若い黒人男性たちに人気のストリートファッションなのだが、どうやら「不良」っぽいイメージもあるらしい。*9

 

この動画がバズりにバズり、黒人男性を中心に、ナイキのテックフリースからクォータージップのセーターに着替えて、抹茶ラテを飲み、上品な紳士になるというムーブメントが発生した。ソーシャルメディアでは、いわば「ネタ動画」が次々と作られている。

これについて取り上げたNBC NEWSのYoutube動画では、ファッションの祭典であるメットガラにおいて、今年(2025年)のテーマであったブラック・ダンディズムについて言及されている。*10動画には「黒人男性がこれをかぶっていた頃は、オタクっぽいとかダサいとか言われて笑われたのに…今ではヒップでカッコいい。人生ってクレイジーだよね?!」というコメントがついている。*11

T-Painなどの有名人もこれに反応。UKラッパーのファッションアイコン的存在であるセントラル・シーは、ナイキテックフリースのセットアップがトレードマークだが、このトレンドに乗っかって、クォータージップを着て抹茶ラテを飲む姿を披露した。

 


www.youtube.com

 

このトレンドは、欧米では概ね好意的に受け止められているが、中には「白人になろうとしている」と批判する黒人もいる。というのも、歴史的に、黒人の髪型や話し方などは、きちんとした場に相応しくない、プロフェッショナルではないという扱いを受けてきたからだ。それに対して、「私たち黒人は、昔からきちんとした服装をしてきた」という反論もある。

 

この件で一躍有名インフルエンサーになったJason Gyamfiは、若い黒人男性たちに、ただクォータージップのセーターを着るだけでなく、勤勉で健康的な生活をする紳士になるように呼びかけている。ただ、正直なところ、抹茶と食生活に関しては、「白人式」ではなく、日本式を採用して欲しいと思ってしまった。

 

まとめ

2025年の後半は、海外の抹茶事情について調べていた半年間だった。これで抹茶に関する記事を4つも書くことになったが、色々と考えさせられた。

今や、東アジアの文化は、世界的に本当に人気になっているということを実感させられた。そして、人気になるということは、東アジアの文化が盗用されやすくなったということでもあるのだろう。あるいは、今までも東アジアの文化は盗用されていたが、海の向こうで起こっていたことなので、日本に住む日本人は、気づいていなかっただけなのかもしれない。

これまでは、日本文化の盗用というと、キム・カーダシアンが自分の商品に「キモノ」という名前をつけて商標登録しようとした件くらいで、あとは、着物を着るのは文化の盗用にあたるんじゃないかとか、ゲーム「Ghost of Tsushima」で、アメリカのゲーム会社が日本を舞台にしたゲームを作るのは文化盗用になるんじゃないかとか、そういったことを欧米人が心配しているというものだった。なので、日本人は、文化の盗用に対して冷笑的というか、「外国人が勝手に心配しているだけ」という印象を持っていたと思う。それだけに、日本人は、自分の文化が盗用され、それに対処することに慣れていない。文化の盗用は、表面的には称賛の形をしているから、「日本すごい」と言われて浮かれている場合ではないのだろう。

 

comemo.nikkei.com

 

もう一つは、本来、ウェルネスとは何なのかということについて考えさせられた。日本人の健康の秘訣は、日本の教育と食習慣にあることは確かだが、過度に資本主義化された社会では、私達に守る意志がないと、アメリカのように、容易に失われてしまうものなのかもしれない。アメリカの学校給食のお粗末さは、税金の節約と企業利益を優先した結果である。

健康的な食生活とは、ソーシャルメディア映えするきれいなインテリアの台所で作られる抹茶ラテなどではなく、例えるなら、おばあちゃん家の台所で作られる日常的な食事のようなものだと思う。健康的な生活を送るには裕福でなければならないとすれば、それは封建時代の階級社会の再来のようなものだ。庶民が普通に健康的な生活を送れる社会を目指すべきだろう。

 

そして、日本人の健康は、長年に渡って女性たちの手で守られ、その手間や労力は正当に評価されてこなかったことを、考えずにはいられなかった。これは、長年に渡って、男性たちにはその知識と技術が教育されなかったことも意味している。日本の場合、夫がいる女性といない女性とでは、平均寿命にそれほど差がないのに、妻がいる男性といない男性とでは、明らかな差があるというデータがある。この原因ははっきりしていないそうだが、もしかしたら、家事能力の教育の性差が影響しているのかもしれない。

女性は、自己犠牲的に家族全員の生活上のケアを担うよう教育され、男性は、自己犠牲的に企業に尽くすよう教育されていた。私は、本来、他者のケアはセルフケアの延長にあるものだと思う。発達心理的に言えば、幼い子どもは、まず自分の気持ちを理解して言語化できるようになってから、他人にも気持ちがあることを理解できるようになるからだ。自己犠牲がウェルネスに繋がらないことは確かである。

 

神無月@sanpai2929sii
2020年5月11日

ある人が「男性に家事能力を教えてこなかったのは、女性に学問を教えてこなかったのと同じくらい酷いことだ」と言っていたのを思い出した。

この状況でも飲み屋に通う高齢の父...「家事ができない/妻もいない」彼らの「お台所機能」や「孤独」の問題 - Togetter

 

日本は、身体的健康に関しては優良国だと思うが、歴史的に精神疾患への偏見が強かったため、今の大人世代は、精神疾患やメンタルヘルスの教育を全く受けていない。この影響は様々なところに出ているが、代表的な例を挙げると、大人たちが不登校児への対応を誤ってしまうことに表れている。あまりよく知られていないことだが、不登校児の大半は、メンタル不調から休職せざるを得なくなった大人の、子ども版であり、接し方も、鬱病の人に対する接し方とほぼ同じだ。

しかし、今の大人世代は、不登校や精神疾患に対する偏見が強い時代に育ったため、子どもが不登校になると、親も教員も、不適切な対応をしてしまうことが多い。つまり、もう長期間休まないと回復できない状態になっている子どもを、周囲の大人たちが、なんとか学校に行かせようとしてしまうのだ。大人たちがメンタルヘルスの教育を受けていないということは、子どもがメンタル不調に陥っても、それがメンタル不調の徴候だと気づくことができないということなのだ。このあたりのことは、過去記事『不登校児の回復には親の教育とカウンセリングが必要』に詳しく書いてある。

 

"What is health? Health is not only to be well, but to be able to use to every power we have."
By Florence Nightingale

「健康とは何か? 健康とは良い状態をさすだけでなく、われわれが持てる力を充分に活用できている状態をさす。」

フローレンス・ナイチンゲール

 

この動画はYoutubeでたまたま見つけたものだが、言っている内容が、私が海外の抹茶事情について調べて得た結論と、ほぼ同じものだった。

matcha, cultural appreciation + appropriation(抹茶、文化の鑑賞+盗用)


www.youtube.com

 

 

[関連記事]

抹茶記事:その1

yuhka-uno.hatenablog.com

抹茶記事:その2

yuhka-uno.hatenablog.com

抹茶記事:その3

yuhka-uno.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

*1:バックチャームの新時代:ラブブが切り押す“遊び心あるファッション”の潮流 – Pepar

*2:「ラブブ」とは何だったのか SNSで増幅される“可視化された欲望”とリキッド消費が生む短命な熱狂 | TBS CROSS DIG with Bloomberg

*3:https://www.tiktok.com/@billfromunicef/video/7541082405717757198

*4:Matcha latte - Wikipedia

*5:Latte-swilling ‘performative males’: why milky drinks are shorthand for liberal(ラテをがぶ飲みする「パフォーマンス的な男性」:ミルク入りの飲み物がリベラルの代名詞である理由 | 男性 | ガーディアン)

*6:日本で大流行のタピオカミルクティ。本場台湾ではどのくらい人気?台湾で人気の他のドリンクも紹介。 | ノーツ株式会社

*7:Why young Black men are obsessing over quarter zips and matcha - The Washington Post

*8:"a look more typically associated with wealthy white men who work in finance and frequent country clubs."(このスタイルは、金融業界で働き、カントリークラブによく行く裕福な白人男性の典型的イメージだ。)How the Quarter Zip Became More than Just a Trend

*9:Gen Z's "quarter-zip" movement is about more than fashion - Newsweek

*10:メットガラ2025のドレスコード「Tailored For You」の意味とは──歴史を駆けたブラック・ダンディズムという美学に光を当てて | Vogue Japan

*11:Black men trade in sweatsuits for quarter-zips amid viral trend NBC News

現代ビジネスで角佑宇子氏が書いた4℃についての記事が、当ブログの記事に非常によく似ている件

2025年11月4日、現代ビジネスに、私が去年書いた当ブログの記事『 4℃(ヨンドシー)ハートネックレス炎上を振り返る~男性向けブランドから女性向けブランドへ』の内容に非常によく似た記事が掲載されていますが、私はファッションライター/スタイリストの角佑宇子氏(https://www.instagram.com/sumi.1105/)とは何の関わりもなく、この件について現代ビジネスとも一切お話等の関わりがありません。

全体的な内容も似ていますが、特に非常によく似ている箇所は、海外の女性たちもハートネックレス問題に悩んでいた「ugly heart necklace(ダサいハートネックレス)」についての記述です。これは私自身が思いついたことで、完全に当ブログ記事のオリジナルの部分です。4℃問題とugly heart necklaceを書いた記事は、2025年12月5日現在、検索してみても、角佑宇子氏が書いた記事以外には、当ブログとそれに関連したコメントだけしか出てきません。

 

gendai.media

gendai.media

他にも、ライブドアニュースやMSNなどで取り上げられていますね。

 

さて、少々面白いことが起こっています。私は2025年11月20に、以下の記事を見つけ、はてブでブクマしました。今に至るまで、私しかブクマしていないようです。

なぜお金持ちは「ユニクロ」を選ぶ?“本当の裕福層”は「モノにお金を使わない」…ブランド品に興味を持たない理由とは(ファイナンシャルフィールド) - Yahoo!ニュース -  はてなブックマーク
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/0f6fc793a234f9b80b1e2bef6c27ca1efd6b4131

すると、角佑宇子氏、5日後の2025年11月25日に、こんな記事を書いているんですね。

「富裕層はユニクロが好き」は本当か? お金持ちがシンプル服を好む“納得の理由”。仕事への集中にも関係が
https://joshi-spa.jp/1388181

こっちの記事は内容的にパクりとまでは言いませんが、彼女、私のブクマ見てるんじゃないかと、勘ぐりたくなりますね。

 

まぁ、単純に、自分が何日間か手間と時間をかけて調べた上で完成させた記事が、他人にパクられて、向こうはそれで金貰って、そっちが検索上位に出ているのは、あまりいい気分はしませんね。
私が自分で現代ビジネスに抗議しても良いのですが、やはり、本人のこれから先のことを考えたら、ご自身でケジメをつけるのが、一番良いのではないでしょうか。こういうことをやると、「あの人、他の記事も誰かのパクりなんじゃないの?」と思われて、仕事上の信頼を失っていきますからね。漫画家の江口さんの件もありましたしね。

やってしまったことは取り消せないし、私も、ここで書いたものを取り消す気はありませんが、他人から見て、十分に反省しているように見える行動を取れば、まだ周囲の人たちに、ギリギリ「浅はかだったけど、まぁ、本人もちゃんと反省しているようだし……」と思ってもらえるかもしれませんよ。自分がパクった証拠になっている例の記事を、これからもずっとネット上にデジタルタトゥーとして残しておくつもりなのか、それとも取り下げるのか、現代ビジネスの担当者の方と、話し合ってみてはどうでしょうか。

最初に私がX(Twitter)でこの件について呟いた時点で、対処していれば良かったのに……

 

一週間、待ってあげます。

 

「知らなかった」では済まされない引用・参照のルール
炎上した記事の中で、批判が集中したのがマニアックなサイトを参考に執筆した部分でした。

筆者はこの時、引用元を明記せずに執筆してしまったのですが、偶然、この点が読者の知るところとなり、サイトの持ち主の知るところとなったのです。

先方からは記事を掲載しているクライアントに連絡が入り、結果的に記事の訂正と謝罪文を掲載することを条件に許していただけました。「知らなかった」では済まされないルールがあるのだと、深く体感した出来事でした。

ライター歴半年で執筆した記事が炎上!当時の状況と事件から得た気づきとは | Mojiギルド

 

私は、以上の内容を、前回記事『4℃(ヨンドシー)炎上を振り返る~なぜ男性は、かわいすぎるハートネックレスを選んでしまうのか?』の最後のほうで書いて載せ、X(Twitter)でもこの件について言及しましたが、二週間経っても特に何もなかったので、ここにこれを掲載します。(今年も4℃とハートネックレスをテーマに書こうと思って調べてたから、すぐにわかったのよね……)

 

2024年の記事

yuhka-uno.hatenablog.com

2025年の記事

yuhka-uno.hatenablog.com

 

歌代ニーナ(Nina Utashiro) - Mood Board 


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4℃(ヨンドシー)炎上を振り返る~なぜ男性は、かわいすぎるハートネックレスを選んでしまうのか?

去年書いた『 4℃(ヨンドシー)ハートネックレス炎上を振り返る~男性向けブランドから女性向けブランドへ』という記事は、とても多くの人に読んで頂いて、このブログで継続的なアクセス数が最も多い記事になっている。それだけ、この問題は、多くの人に関心を持たれるテーマなのだろう。去年は、4℃は女性客より男性客のほうが多いブランドだったが、近年は女性向けに大きく方針転換して、変わりつつあるということについて書いた。今回は、もう少し掘り下げて、なぜ男性は、かわいすぎるハートネックレスを選んでしまうのかについて、考えてみたい。

 

なぜ男性は、かわいすぎるハートネックレスを選んでしまうのか?

4℃のハートネックレスは、男性が贈って女性が嬉しくないプレゼントの代表格みたいになってしまっている。去年の記事でも書いたが、男性が、女性が好まないタイプのハートネックレスを贈ってしまうのは、日本に限らず、海外でも共通して起こっている現象のようだ。

こういった男性と女性の齟齬は、なぜ生じるのだろうか?一般的に女性より男性のほうがファッション感度が低いからと言ってしまえばそれまでだが、もう少し掘り下げて考えてみたい。

 

これは例の炎上が起こる前年の、2019年の記事である。女性はシンプルデザインのネックレスを欲しがるが、男性は見るからにかわいいハート型などのデザインのネックレスを選びがちという話題だ。

togetter.com

実のところ、以前から4℃にもシンプルデザインのネックレスはあった。例の炎上の時にも、「4℃でも、シンプルな一粒ダイヤとかにしておけば良かったのに……」という女性たちは、少なからずいた。

 

これについては、まさにこの動画の内容と同じことが言えるのではないだろうか。


www.youtube.com

「 シ ン プ ル な 服 で い い ん だ よ ! 😭 」

 

つまり、おしゃれな人は、頭から足先までのトータルコーディネートを念頭に、「これを着た自分がどう見えるか」で考えているので、着た時に自分の体のシルエットをきれいに見せてくれて、他のアイテムと合わせやすい、シンプルデザインの服を選ぶ傾向があるが、おしゃれが苦手な人は、シルエットという概念を知らないし、アイテム単体で見た時の「アイテム萌え」で選んでしまうため、ちょっと変わった特徴的なデザインを選びがちで、結局そういうアイテムは合わせづらく、コーディネートがちぐはぐになってしまい、着た時にイマイチに見えてしまうということだ。

シンプルデザインのアクセサリーは、様々な服装に合わせやすく、流行に左右されにくいので、長く使える。しかし、おしゃれが苦手な人からは、ぱっと見「つまらないデザイン」「特別感がないデザイン」と思われてしまうのかもしれない。実際には、デコラティブなデザインは趣味性が高く、合わせる服が限られるし、難易度が高いのだ。

 

例えば、ドラゴン柄がバーンとプリントされているネクタイを、自分で買おうという男性は少数派だろう。「なんで?ドラゴン嫌い?」と聞かれても、これはそういう問題ではないのだ。

ただ、非常に小さいドラゴンが、刺繍や織でポイント的に柄の一部になっているネクタイなら、わりと受け入れやすいのではないだろうか。

ただ、もっと言うと、「そもそも、自分にとってドラゴン柄のネクタイは必要か?」という判断基準もあるだろう。いずれにせよ、ドラゴン柄のネクタイについて考える時、男性の頭の中では「その柄はネクタイとしてどうなのか?使えそうか?」という基準が働いているはずだ。

 

女性にとってのアクセサリーもそうで、「それは、自分のファッションを構成するパーツとして使えるか?」という基準が働いている。自分自身の雰囲気や着ている服の傾向と合うか、流行遅れなデザインじゃないか、仕事に行く時に使うのか遊びに行く時に使うのか、等々……

単純に「ピンク/ハートは好きですか?」と聞かれたら「好き」と答える女性は多いと思う。しかし、ネックレスを選ぶ時には、それ以上に優先する基準があるのだ。

 

4℃の象徴的なハートネックレス。

AHKAH(アーカー)のローラハートネックレス。こういう、非常に小ぶりで「V」の字にも見えるハートのネックレスなら、受け入れやすい女性は多いと思う。様々な服装に合わせやすいし、オフィスでも使えそう。ただ、もっと言うと、「そもそも、自分にとってハート型のネックレスは必要か?」という判断基準もあるよね。

4℃と同価格帯くらいの、ete(エテ)のクレセントムーンネックレス。こういうデザインも女性受けしやすい。

www.eteweb.com

 

また、男性向けファッションアドバイスのプロの人たちが言うには、多くの男性が、ファッションに最も興味を持って、おしゃれに取り組もうとする時期は、大学生の頃であり、その後はスーツを着てしまうので、30歳くらいになってもファッションセンスが大学時代で止まってしまっている男性が多いのだと言う。

一方、多くの30歳女性は、大学生の頃と同じような恰好はしていない。年齢とともに身に着けるものを変化させていく。たとえ高価なものでなくとも、落ち着いたデザインのものを選び、かわいらしすぎるものは避けるようになる人が多い。中には、「かつみさゆり」のさゆりのような女性もいるが、それは少数派だ。

もちろん、10年も経てば、世の中のトレンドは変わっている。2010年代半ばに、男性たちが教科書のようにはいていた黒スキニーデニムは、今となってはトレンドが過ぎ去っている。

 

こういうのは、以前話題になった「買った人が不幸になるので法律で作るの禁止してほしい服」にも通じる話だと思う。

これについて、実際にアパレルの世界にいる方の話。

”で、こうやって挙げられたアイテムを見て僕が感じたのは懐かしさ。ここに挙げられているのはだいたい10〜15年前に流行ったアイテムなんです。”

 

” 「法律で作るの禁止にしてほしい」というのはまぁ半分以上冗談でしょうが、その冗談にマジレスすると「売れるとわかっている商品をつくらない訳がない」という答えになります。その服が世間的にどういう評価を受けているかなんて、まず問題になりません。売れるからつくる。商売なので当たり前の話です。”

なぜ「ダサい服」が売られ続けるのか? - 山田耕史のファッションブログ

まぁつまり、ファッションリテラシーが低い層によく売れるのは、10〜15年前に流行ったようなデザインの服や、ちょっと装飾性が高いタイプの服で、店側もそういうのが売れるから作ってるってことですね……

 

マーティ・ポテトフライ
@martypotetofry
もとスーツ屋さんですが、こういうのは売る側としてはダサいとわかってて売ってます。いわゆる情弱ビジネスです。
とても悪質な風習だと思っています。
午前6:31 · 2025年6月23日

https://x.com/martypotetofry/status/1936899899502784795

マーティ・ポテトフライ
@martypotetofry
ご質問ありがとうございます!
そもそもスーツはファッションというより伝統服です。日本でいう着物に近く、様々なルールや制約があり、実はカジュアルの様に自由ではないのです。画像の様なシャツを着る様子は英国人からすれば、帯をダルダルにして左右の合わせを反対にして着物を着ているのと同じ。
午後1:09 · 2025年6月23日

https://x.com/martypotetofry/status/1937000003958140956

店側も、その商品がダサいとわかっていても、ファッションリテラシーが低い層の人が買いがちで、それなりに売れる商品だから、作って置いていることがあるという、残念な事実がある。店というのは、必ずしも、おしゃれなものを置いているとは限らない。売れるものを置いてあるのだ。

 

もしかしたら、自分の服装となると、無駄な装飾のあるワイシャツを選ばない人でも、女性の服装となると、そういう思考回路が働かなくなってしまうことも、あるかもしれない。

 

ちなみに、ちょっと変わったワイシャツ着たいなら、クレリックシャツ着ると良いよ……これは実際に1930年代に流行った、英国スタイルの歴史あるシャツの一種だから……

yurinta.hatenablog.com

 

デザインがわからないと、「女性はデザインで選んでいる」ことがわからない

例の炎上では、少なからぬ男性たちが、「女たちが『4℃なんて安物だ。もっと高いものをよこせ』と言っている」「女として自分の価値を安く見積もられたことに怒っているのだ」と解釈し、それが男女バトルを巻き起こしていた。しかし、実際のところは、男性に対して、あまり高価なプレゼントを要求しないタイプの女性たちにすら、4℃やCanal4℃のかわいらしすぎハートネックレスは不評である。

これは、女性のファッションやジュエリーに疎い人は、デザインで判断することができず、ブランドの知名度や金額しか判断軸がないので、「女性たちはデザインで判断している」ということが、わからないからかもしれない。

 

「Why People Don't Get Japanese Comedy(なぜ日本のコメディが理解されないのか)」というこの動画は、海外における「日本のコメディは主にドタバタ喜劇だ」というステレオタイプについて、なぜ海外の人々がそう思ってしまうのかと、実際には違うことを解説している。答えは単純で、言葉や文化的文脈が十分に理解できない海外の人々は、日本のコメディのうち、ドタバタ喜劇しか理解できないからだ。そして「自分にとって理解できないものの存在は、認識できない」状態になってしまって、日本で非常に人気があるコメディである、漫才の存在を見逃してしまうのだ。


www.youtube.com

12:03「結局のところ、人は、自分が理解していないことを理解していないし、多くの人は、自分が理解していないことは、重要ではないと思っている。理解していないものは存在しないと思っているかもしれない」

 

4℃論争についても、これと同じことが起こっているのかもしれない。女性のファッションについて、ある程度理解力がある人なら、おそらく、4℃やCanal4℃というブランドを知らなかったとしても、炎上した例のハートネックレスを一目見た瞬間、「ああ、これは現代の大多数の30歳女性に喜ばれるデザインではないな……」と思うだろう。

実際、私は、去年ふと「海外ではどうなんだろう?」と思って「ugly heart necklace(ダサいハートネックレス)」でGoogle検索してみたところ、それがどのブランドのどの商品なのか知らないのに、出てくる画像を見た瞬間「わかるわかる!」となってしまった。例の炎上については、商品デザインの話を抜きにして、語ることはできないだろう。

 

海外のサイト。「どうか、バレンタインデーにハート型のジュエリーを買うのをやめてください」

www.racked.com

 

また、女性のファッションやジュエリーに疎い人が知っているジュエリーブランドが、4℃以外には、ティファニーカルティエなど、世界的に有名な高価格帯ブランドしかないというのも、原因としてあるかもしれない。そうなると、その人の頭の中では、「4℃か、海外の有名高価格帯ブランドか」という構図になってしまうだろう。実際には、4℃以外にも、それほど高くない価格帯の国産ジュエリーブランドは色々あって、女性たちもそこで買い物をしていたりするのだが。

 

一般的に、30歳女性だと、佳子様が身につけていたような、輪島塗の漆塗りイヤリング(5500円)のほうが、Canal4℃のハートネックレスより、デザイン的に好かれる割合が高いだろう。(佳子さまも、ちょうどそれくらいの年齢だね。)

www.nushiya.co.jp

 

自分で選びたがる男性がいる

4℃で働いていた女性『彼女へのプレゼントと聞きハートや甘すぎるデザインは避けてシンプルなものを…とオススメするが、男性客は話を聞かない』 - Togetter [トゥギャッター]

 

にゃん
@nyannyan_popopo
ハートネックレスの件で予想以上にジュエリーショップの店員さんからDMもらって、

・店員さんはシンプルなデザインを勧めてくれてる
・(私が思ってる以上に)言うこと聞く男性は少ない
・「俺はこれが可愛いと思う」って押し切って買っていくやつもいる

って全員こんな感じでウケました。
午後10:53 · 2019年11月30日

https://x.com/nyannyan_popopo/status/1200774749980221440

プレゼントにハートのネックレスはやめて欲しいという声続出

 

きーちゃん
@keychan30
売る側のものです。
本当におっしゃる通りで、一部の男性においてはこちらがアドバイスしても全く聞き入れず、つまらないと捻ったデザインを選びたがります…
面白いデザインじゃなくていいのに。
午前7:17 · 2019年7月31日

https://x.com/keychan30/status/1156328062650159104

女性が欲しいネックレスと男性が選びがちなデザインの傾向→販売員の人やもらったことがある人の話「わからないなら一緒に買いに行くのがベスト」

 

定時ダッシュちゃん
@teiji_oriental
※あと一応スタッフの人も、彼女の雰囲気聞いてオススメのデザインを提案するらしいんだけど、やっぱり男性は自分で決めたい感情が出てしまい、結果として彼女が欲しくないデザインになってしまう傾向があるらしいな…フェミニンすぎるモチーフが他ブランドより多いってのもあるけど…
午後0:11 · 2020年12月23日

https://x.com/teiji_oriental/status/1341582111635955714

 

Why? ある種の男性? Why!?

 

サプライズの時代から、贈る人にきちんと好みを聞く時代に

ということは、4℃がブランドイメージを刷新し、女性たちに支持されるブランドになったとしても、「男性が贈って、女性が嬉しくない」ジュエリー問題は、根本的には解決されないのではないだろうか?現に、海外の女性たちも、4℃というブランドの存在感がない環境にも関わらず、同じ悩みを抱えているのだ。

この問題を解決するには、「ギフトジュエリーは、男性がサプライズで贈るもの」ではなく「ギフトジュエリーは、二人で一緒に買いに行って選ぶもの」という風習を、世の中に定着させたほうが良いのではないだろうか?4℃の社長さんもこう言っているそうだし。

 

”「(ジュエリー市場は)サプライズの時代から、贈る人にきちんと好みを聞く時代に大きく変化してきた。4℃は(好みを聞かずに)ギフトを贈るブランドの“代名詞”としての意味合いを、少し持ってしまったのかもしれない」

 2010年ごろから、インターネット上で目立ち始めた4℃に関するネガティブコメントについて、同ブランドを展開するエフ・ディ・シィ・プロダクツグループの瀧口昭弘社長はこのように要因を分析する。

 4℃はジュエリー業界の大手ブランド。価格が手ごろで、ブランド名が世の中に浸透していることから、男性が「このブランドを贈っておけば間違いないだろう」と相手の好みを十分に把握せずに贈るギフトとして、フォーカスされてしまったのではないかということだ。”

「匿名宝飾店」で再注目の4℃ 過去の反省生かした新ブランド開発:日経クロストレンド

 

そもそも、男性が女性にサプライズでジュエリーを贈るのは、みんなが同じ流行を追っていて、「みんなの憧れ」みたいなのが形成されていた時代だったからこそ、なのかもしれない。かつては、大多数の女性がティファニーのオープンハートネックレスを欲しがっていて、それを彼氏に買ってもらうのがステータスだった時代があったみたいだけど、好みが細分化した今の時代には、もう合わないのかもね。

 

更に言うと、家族でも恋人でもない、ただの友人程度の関係なら、高価な貴金属アクセサリーは、プレゼントしないほうが良いだろう。百貨店のプチギフトコーナーで数千円で売ってるもののほうが良い。まともな感覚を持った女性なら、さほど親密な関係ではない男性に対して、高価な貴金属アクセサリーを要求したりしないはずだ。

 

誰でも最初は失敗する

ただ、こういう失敗は人生の通過点と言えるかもしれない。自分が贈ったプレゼントが、相手に気に入られなかったということは、誰だって起こり得る。それ自体は残念なことだが、仕方のないことなのだ。

肝心なのは、その時、本当に相手が求めているものを知ろうとするのか、それとも、自分が傷ついた反動で、相手を悪者にして攻撃してしまうのか。それが、自分が今後成長していけるかどうかの分かれ目だと思う。これは恋愛関係に限らず、人間関係全般に言えることだ。そうでなければ、私の父親みたいになってしまう。「ちゃんと失敗できる」のは、とても大事なことなのだ。

ちなみに、例のCanal 4℃のハートネックレスを贈った男性は、現在結婚しているとのこと。

 

好みじゃないジュエリーを貰ったら、どうするべきか?

どうやら、海外の女性たちも、男性から、自分が身につけている姿が想像できないようなジュエリーを貰った場合、どうしたら良いのか迷うらしい。このサイトでは、質問者の女性に対して、それを彼に伝えたほうが良いという結論になっていた。なぜなら、「気がついたら、見た目は悪いけど身につけなくちゃならないジュエリーを20個も持っていることになる」からだそうだ。

"Avoid being too critical though. Relationship expert Anita A. Chlipala, LMFT and author of First Comes Us: The Busy Couple’s Guide to Lasting Love, suggests that “at the beginning of a relationship, and this includes a few years in,” try something similar to: “I appreciate your thoughtfulness and effort in getting me this gift. Thank you. We are still learning about each other and I prefer/like [fill-in-the-blank]. I am not saying this to hurt your feelings, you know I love you and don’t want to hurt you, but I think it is important for us to understand each other as we’re still learning about each other.”"

(ただし、批判的になりすぎないようにしましょう。恋愛の専門家で、LMFT の Anita A. Chlipala 氏 (『First Comes Us: The Busy Couple’s Guide to Lasting Love』の著者) は、「交際が始まったばかりの頃、そして数年経った後も」次のようなことを勧めています。「このプレゼントを買ってくれたあなたの思いやりと努力に感謝します。ありがとう。私たちはまだお互いのことを学んでいる最中で、私は [空欄を埋めてください] の方が好きです。あなたの気持ちを傷つけるために言っているわけではありません。私があなたを愛していることはあなたもご存知でしょうし、あなたを傷つけたいわけではありませんが、私たちはまだお互いのことを学んでいる最中なので、お互いを理解することが重要だと思います。」)

Celebrity Advice on Ugly Jewelry Gifts: Wear It or Not?

ダサいジュエリーの贈り物に関する有名人のアドバイス:身につけるべきか、身につけないべきか?)

 

ただ、相手が何が好きで何が嫌いなのかに興味がなくて、自分が好意でしてあげたことは、常に受け入れるべきだと思っている人は、毒親モラハラだ。例えば、親が子どもにプレゼントするゲームについて何も知らないから、買うゲームソフトを間違えたというのなら、それは単なる知識不足による間違いだが、親が、わが子の本来の姿を見る気がなく、親の脳内の理想の子ども像に基づくプレゼントを与えている場合には、話が違ってくる。それはパートナー間にも言えることだ。

赤の他人であれば、贈り物を儀礼的に受け取っておくほうが、角が立たずに済むことも多いだろう。だが、親密で継続的な関係においては、お互いに何が好きで何が嫌いなのかを知ろうとすることは、必要不可欠だ。大多数の女性たちは、男に高価なブランド物を要求する女でもなければ、初デートにサイゼリヤで喜ぶ女でもない層にいる。

 

現代ビジネスで角佑宇子氏が書いた4℃についての記事が、当ブログの記事に非常によく似ている件

2025年11月4日、現代ビジネスに、私が去年書いた当ブログの記事『 4℃(ヨンドシー)ハートネックレス炎上を振り返る~男性向けブランドから女性向けブランドへ』の内容に非常によく似た記事が掲載されていますが、私はファッションライター/スタイリストの角佑宇子氏(https://www.instagram.com/sumi.1105/)とは何の関わりもなく、この件について現代ビジネスとも一切お話等の関わりがありません。

全体的な内容も似ていますが、特に非常によく似ている箇所は、海外の女性たちもハートネックレス問題に悩んでいた「ugly heart necklace(ダサいハートネックレス)」についての記述です。これは私自身が思いついたことで、完全に当ブログ記事のオリジナルの部分です。4℃問題とugly heart necklaceを書いた記事は、2025年12月5日現在、検索してみても、角佑宇子氏が書いた記事以外には、当ブログとそれに関連したコメントだけしか出てきません。

 

gendai.media

gendai.media

他にも、ライブドアニュースやMSNなどで取り上げられていますね。

 

さて、少々面白いことが起こっています。私は2025年11月20に、以下の記事を見つけ、はてブでブクマしました。今に至るまで、私しかブクマしていないようです。

なぜお金持ちは「ユニクロ」を選ぶ?“本当の裕福層”は「モノにお金を使わない」…ブランド品に興味を持たない理由とは(ファイナンシャルフィールド) - Yahoo!ニュース -  はてなブックマーク
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/0f6fc793a234f9b80b1e2bef6c27ca1efd6b4131

すると、角佑宇子氏、5日後の2025年11月25日に、こんな記事を書いているんですね。

「富裕層はユニクロが好き」は本当か? お金持ちがシンプル服を好む“納得の理由”。仕事への集中にも関係が
https://joshi-spa.jp/1388181

こっちの記事は内容的にパクりとまでは言いませんが、彼女、私のブクマ見てるんじゃないかと、勘ぐりたくなりますね。

 

まぁ、単純に、自分が何日間か手間と時間をかけて調べた上で完成させた記事が、他人にパクられて、向こうはそれで金貰って、そっちが検索上位に出ているのは、あまりいい気分はしませんね。
私が自分で現代ビジネスに抗議しても良いのですが、やはり、本人のこれから先のことを考えたら、ご自身でケジメをつけるのが、一番良いのではないでしょうか。こういうことをやると、「あの人、他の記事も誰かのパクりなんじゃないの?」と思われて、仕事上の信頼を失っていきますからね。漫画家の江口さんの件もありましたしね。

やってしまったことは取り消せないし、私も、ここで書いたものを取り消す気はありませんが、他人から見て、十分に反省しているように見える行動を取れば、まだ周囲の人たちに、ギリギリ「浅はかだったけど、まぁ、本人もちゃんと反省しているようだし……」と思ってもらえるかもしれませんよ。自分がパクった証拠になっている例の記事を、これからもずっとネット上にデジタルタトゥーとして残しておくつもりなのか、それとも取り下げるのか、現代ビジネスの担当者の方と、話し合ってみてはどうでしょうか。

最初に私がX(Twitter)でこの件について呟いた時点で、対処していれば良かったのに……

 

一週間、待ってあげます。

 

「知らなかった」では済まされない引用・参照のルール
炎上した記事の中で、批判が集中したのがマニアックなサイトを参考に執筆した部分でした。

筆者はこの時、引用元を明記せずに執筆してしまったのですが、偶然、この点が読者の知るところとなり、サイトの持ち主の知るところとなったのです。

先方からは記事を掲載しているクライアントに連絡が入り、結果的に記事の訂正と謝罪文を掲載することを条件に許していただけました。「知らなかった」では済まされないルールがあるのだと、深く体感した出来事でした。

ライター歴半年で執筆した記事が炎上!当時の状況と事件から得た気づきとは | Mojiギルド

 

おまけ

自分が欲しくなれるハート型ネックレス見つけた。古墳時代の豪族になれそう!

dogoods.base.shop

 

大人のセボンスター。実用性は皆無だけど、子供時代の思い出が蘇る!