宇野ゆうかの備忘録

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『非モテの品格』を読んで考えた、男性が精神科を受診しない理由

何年か前に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か(著:杉田俊介)』という本を読み、思うところが色々あったのだけれど、あまりにも思うことが多くて今まで書かずにいた。

この本の内容は、ざっくり言うと、「非モテ」を軸にして語られる、男性の生きづらさについてだ。本書から一部抜粋してみる。

 

“夢を諦めたこと。仕事もないこと。金がないこと。社会的な肩書がないこと。周りに友達がいないこと。もちろん、そのどれもが苦しかった。つらかった。

しかし、当時の僕にとって、一番苦しかったのは、恋人がいないことであり、恋愛・性愛の問題だったのである。”

“思い出せば、多分あの頃の僕は、次のように考えていたのではないか。

自分には恵まれた容姿も才能もなく、社会的な成功や立身出世も、もう、望めそうにない。人生はこれ以上マシなものにはならない。けれども、恋愛の領域であれば、まだ人生のすべてを取り戻せる、一発逆転できるかもしれない。いや、自分にはもう、それしかない――”

“ おそらく僕は、職業や社会的地位、容姿や才能などの、社会的な属性を異性から承認してほしかったのではなかった。存在そのものを無条件に肯定してほしかった。さらに言えば、たぶん、僕の中にある〈男としての弱さ〉をありのままに、性愛的に肯定してほしかったのだ。

 ものすごく自分勝手であり、恥ずかしいことだけれども、それが僕の中の無意識の欲望だったように思う。”

 

また、『孤独とセックス(著:坂爪真吾)』の著者も、同じようなことを言っていた。

ーー著書『孤独とセックス』には、そんななか「セックスしさえすれば救われると思っていた」という描写がありますね。

坂爪:「誰からも認めてもらえない」という思いがあったから、そう思ったのでしょう。でも、男性がそれで「救われる」と思っても、女性からすれば「はぁ?」って感じですよね。そこに至るまでにいっぱいステップがあるのに、そこを吹っ飛ばしていこうと思っても無理じゃないですか。出会って、コミュニケーションして、信頼関係を作って、友達になってという。そこを男性は吹っ飛ばしがちですよね。それは怖い。

「中二病の黒歴史」さらけだした 「孤独とセックス」著者が18歳だったころ :DANRO(ダンロ):ひとりを楽しむメディア

 

両者とも、失恋などの恋愛の挫折やトラウマから、恋愛の成功体験を取り戻そうとしているのかというと、どうやらそういうわけでもなく、直接恋愛に関係のない、人生の困難や満たされなさ、自己肯定感の得られなさを、女と恋愛すれば取り戻せると思い込んだことが共通していた。

私はこれらを読んで、(異性愛者の)男性は、人生が上手くいかない時に、「女と恋愛・セックスすれば救われる」と思い込んでしまう傾向があるということを、理解はできた。が、共感はできなかった。なぜなら、私が過去に人生が上手くいかなくてひきこもりになっていた時に思っていたことは、「精神科行ってカウンセリング受けたい」だったからだ。(ちなみに当時お付き合いセックス等未経験)

 

ところで、精神科医の松本俊彦氏は、自殺率は男性のほうが多い一方、女性のほうが鬱病になっている割合が高いことについて、自身の臨床経験から、男性は重篤にならないと精神科を受診しない傾向があることを指摘している。その理由として、社会からの、男性に対する「弱音を吐いてはいけない」というプレッシャーを挙げている。(このことは『非モテの品格』の中でも言及されている。)

国際的にみても、自殺で死亡しているのは男性のほうが多い。その比率は概ね2:1〜3:1だ。これは日本も例外ではない。

自殺対策としてうつ病対策がとられるが、はたして、それだけで男性の自殺は防げるのか。

日本で統計をとると、男性と女性では、女性のほうがうつ病になっている割合が高い、というデータがでてくる。

しかし、と松本さんは注意を促す。臨床経験からいえば、男性は重篤にならないと精神科を受診しない傾向がある。

受診が遅れる理由は、男性の多くが「男は泣いたらいけない、弱音を吐いたらいけない。強くなければいけない」という文化的、社会的プレッシャーとともに成育してきたからではないか、と問う。

男は傷ついている自分の心や、心の疲れそのものを否認し、無視することが習性になっている可能性があり、アルコール摂取、つまり酒に逃げることが男性の自殺と結びつくと指摘する。

「男らしさ」が苦しい男たち。なぜ男性は自分の弱さを語れないのか?

 

上記のことは、もちろん大きな要因になっているだろう。ただ、私はそれ以外の要因も考えている。男性である杉田俊介氏は、人生がつらい時に「彼女ができれば一発逆転できる」と考えた。一方、女性である私は、「精神科行ってカウンセリング受けたい」と考えた。

これは、個人の一例にすぎないだろうか?私はそうは考えていない。私は、男性が、つらい時に「彼女ができれば一発逆転できる」という思考回路になってしまうことそのものが、男性がなかなか精神科を受診しない一因になっているのではないかと思うのだ。

 

例えば、機能不全家庭においては、親のストレスを子供が支えるような形になってしまっている。この場合、まず精神科に行ってカウンセリングを受けるべきなのは、親のほうだ。しかし、大抵の場合、親が受けるより先に子供が受けることになる。

親は、子供という、自分より立場が弱く、容易に支配できる存在が身近にいるため、暴力を振るったり、罵ったり、愚痴を垂れ流したり、自分のご機嫌を取らせたりなどして、子供を使ってストレスを解消することが「できてしまう」。一方、家庭内で一番弱い立場にある子供には、そんな存在はいないので、家の外に助けを求めることになる。それで、親はカウンセリングにかからず、子供がかかることになるのだ。

実際、虐待は依存症とかなり親和性が高いという。

 

家庭の構造を社会に当てはめて考えると、男性が女性に比べて精神科の受診が遅れるのは、総じて男性のほうが社会的に立場が強いということそのものが、要因になっている面があるのではないだろうか。つまり、男性のほうが女性より、自分より「下」の人間がいるケースが多いのではないかと。

『酔うと化け物になる父がつらい(著:菊池真理子)』という漫画は、まさに、アルコール依存症の男性の尻拭いを、妻と子供が担わされている家庭の話だ。こういった依存症者の尻拭いの役回りをする人のことを「イネーブラー」と言うが、イネーブラーに女性が多いのはよく知られている話である。女性には、伝統的に「他者の世話を焼くべき」という規範があるからだ。依存症者は、周囲にイネーブラーがいる限り、なかなか依存症を治す方向には向かわない。

そして、周囲にそんな女性がいない男性でさえ、「女と恋愛・セックスすれば救われる」と、女性に依存する発想をしてしまう。

 

家父長制とは、女性にケアを依存するシステムである。そのケアは「生活面のケア」と「精神面のケア」の両方がある。

「生活面のケア」は、家事・育児・介護のことだ。「精神面のケア」は、「女は男を立ててあげて」などがそうだし、女性が男性より優しさや礼儀正しさを求められるのもそうだ。性的なこともそうだと思う。多くの男性は、女性に対して、単純に性欲だけでなく、性行為を通した精神的ケアを求めているのだと思う。

 家父長制は、強者男性が、男性の労働力を搾取し、その男性の生活面でのケアを女性にさせるシステムである。そして、男性の精神的ストレスを無視し、女性に精神的ストレスの解消を担わせるシステムである。

 

「男は泣いたらいけない、弱音を吐いたらいけない。強くなければいけない」というのは、要するに、強者男性の立場から見て、「そんな面倒なこと、こっちに言うなよ。女で癒されておけ」「お前らは俺に対して、泣かず、弱音を吐かず、文句を言うな。女をあてがってやるから、それで解消していろ」という、都合の良いことの集合体なのだろう。男性たちの不満やストレスを強者男性に向かわせず、女性に向かわせるシステムだ。

おそらく、家父長制社会で育ってしまうと、男性には、人生でつらくなった時に、女性に依存する回路がインプットされてしまうのではないだろうか。家父長制は、男性を「女性依存症」にしてしまう。そして、女性は「無料家政婦」と「無料セラピスト」の役割を課せられるのだ。

 

“おじさんたちは誰かに優しくしてほしいんです。でも、そのときに想像できるのが「若い女性にモテたい」という回路しかない。人から「大丈夫?」とか「働きすぎじゃないの?」と言われるだけで解消するはずなのに、「ああ、疲れた。若い女に癒してほしい」という回路しかないんです(笑)。”

電通、清原、SMAP、乙武――2016年を振り返る~河崎環、おおたとしまさ、田中俊之、常見陽平座談会【後編】 | PRESIDENT WOMAN | “女性リーダーをつくる”

“「男性同士では真剣な悩みを話しにくい」「競争になってしまう」など支え合うのが難しい話をたくさん聞く。
男性同士で雑に扱い合うのが楽で完結するならそれでいいのだけど、難しいのは男性も「大事にされたい」気持ちがあるんだよね。そこを女性に求めがち。”

女性を人間として扱うという事・男女での解釈の違い - Togetter

 

日本は、ジェンダー平等指数が低く、家父長制が根強いが、男性の自殺率が高く、幸福度も低い。私は、このことは全く矛盾しないと思っている。最近、未婚男性の幸福度が、既婚男性や未婚女性の幸福度よりずっと低いことが話題になっていたが、これは、妻に先立たれた男性は、そうでない男性よりも、平均寿命が短くなるのと、同様の構造なのではないかと思った。

家父長制は、ケアを女性に依存するシステムになっている。それゆえ、男性は成長過程でセルフケア能力を身に付けさせられず、女性がいないと途端に生活面や精神面の質が落ちることになる。

 

 女性の中にも、恋愛依存症境界例パーソナリティ障害などの人は、自分の人生のつらさを、恋人に全面的に解決してもらおうと求める人がいるが、一般的に言っても、対人依存傾向の強い人と、自立的な人なら、後者のほうが幸福度が高いし自殺率も低い。

男性は、家父長制社会で育ってしまうと、特にパーソナリティ障害ではない人でも、性が絡むと自他の区別が曖昧になったり、女性と付き合いさえすれば人生のつらさが全面的に解決されると思ったりする傾向が出てしまうのかもしれない。

 

異性愛者の)男性が、つらい時に「女とセックスすれば救われる」と考える理由としては、「それを得られれば社会から承認される」と「相手が全面的に自分の味方をしてくれて、全てを受容して癒してくれそうな気がする」からじゃないだろうか。男性社会からの承認と、女性からの精神的ケアの両方が同時に得られて、一挙両得(という幻想)だ。

依存症の文脈で言うならば、この幻想によって、男性は女性より「底つき」が難しくなるのかもしれない。

 

“僕は二十代半ばから非モテ(性的承認の不在)に苦しみながら、少しずつ、この苦しさは恋愛そのものによっては解決しないのかもしれない、と気づいてきた。繰り返すけれども、非モテとは微弱なセックスアディクション――異性愛的な「男らしさ」への過剰適応――の一つであり、そこには、男である自分への身体嫌悪(ミサンドリー)が絡みあっているからだ。”

――『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か(著:杉田俊介)』――

“―本書の一節には、杉田さん自身の経験から恋人ができても、結婚しても「非モテ」の苦しみは消えない、と書かれてあります。ちょっと衝撃でした。

杉田 僕も年齢を重ねれば落ち着くと思っていました。でも、いまだ消えない。むしろ30代後半から、強くなっていくのを感じたんです。”

「非モテ」は治らない? “愛されない絶望”との正しい付き合い方 - ライフ・文化 - ニュース|週プレNEWS[週刊プレイボーイのニュースサイト]

 「女性依存症」の文脈で考えるなら、「恋人ができても、結婚しても『非モテ』の苦しみは消えない」のは、それは当然だと思う。

 

というわけで、特に男性にとっては、料理教室に行くなどして家事能力を身に付けたり、人生がつらくなった時に、精神科に行ってカウンセリングを受けたりするのは、依存をやめて自立に向かう道なのだと思う。

 

余談だが、女性のひきこもりが、世間から「結婚すれば解決する」と思われていたのは、男性社会の「女と恋愛・セックスすれば救われる」という思い込みの裏返しというのも、原因の一つとしてあるのではないだろうか。

ひきこもり経験のある女性としては、「結婚すれば解決する」に対しては、「夢みたいなこと言ってんなー」である。実際、世間のこの認識によって、女性のひきこもり支援の取り組みは遅れたと言われている。

 

 

おまけ。

非モテの品格』を読んで「理解はしたが共感できなかった」ことについては、ネット上でたまさかさんと少し話したことがあった。 

もしかすると、社会を何か巨大な婚活会場かマッチングパーティーだと思ってる人が一定数いるのでは。家を出た瞬間から値踏み開始(全ての女性も自分を値踏みしてるという思い込みも同時にスタート)。そういう場所に行けないという思いの末路なのだろうけど、ますます自分を苦しめてるだけだろ...。

— たまさか (@TamasakaTomozo) August 17, 2018

 

非モテの品格(杉田俊介・著)』によると、著者は、人生がうまくいかなかった時、「すべての物事の価値が、異性からモテる/モテないという価値観によってジャッジされてしまっていたのだ。」だそうです。坂爪真吾氏も、似たようなことを言ってました。

— 宇野ゆうか (@YuhkaUno) August 18, 2018

 

ご教示ありがとうございます。それで(モテる/モテない)全て説明できるように思えるのは、最初は楽なのかもしれませんが、結局自分の逃げ道を塞いでいますよね....。必ずしも当人だけが悪いわけではないのが余計モヤモヤします。杉田さんの本、なんとなく遠ざけていましたが読んでみます。

— たまさか (@TamasakaTomozo) August 18, 2018

 

正直、「共感」はできませんでした。私の場合、人生がうまくいかなかった時は「精神科行ってカウンセリング受けたい」と思ってましたから。ただ、ヘテロ男性の場合、「女性と恋愛・セックスすれば救われる」と思い込んでしまう傾向があるということを「理解」はした、という感じでした。

— 宇野ゆうか (@YuhkaUno) August 18, 2018

 

そうですよね。僕には残念ながら少しは「共感」できる部分はあります。「癒やしの聖母」であれ「トロフィーとしての女性」であれ、女性をダシにしたファンタジーに、いかに無自覚に浸かってきたかということだと思っています。

— たまさか (@TamasakaTomozo) August 18, 2018

 

この男女差について、「ぼくらの非モテ研究会」の西井開氏は、こう言っている。

 “多分、言葉って名詞にすることが大事だと思ってるんですけど、うちでは例えば「女神化」とか。

自分がしんどい状態にいるときに優しくしてくれる女性を神聖化しちゃって、ゆくゆくは付きまとうようになっちゃうんですけど、それを僕らは「女神化」って呼ぶんですね。

女神に対して、「彼女はもしかしたら俺の事を考えてるかもしれない」とか、「こういうふうにしたら女神と仲良くなれるんじゃないか」みたいなことを延々と頭の中でぐるぐるぐるぐる考えていくのは「ポジティブ妄想」っていうんですけど、そういうふうにどんどん言葉を作っていくと、自分たちのことがよく分かっていくというところはありますね。”

 

“N 面白いのは、訴求させていくと「わかるわかる」って言う人もいる反面、「え、全然わからへんねんけど」みたいなことも時折起こるんです。

「女神化」などの話をしたときに、ある女性に「何言ってるか全然理解できないんです」と言われたことがあって。

それは言ってしまえば、「女神化」というものに男性が持ってる女性への過度な役割期待が含まれてるからだと思うんです。男性たちが、「これは女性への過度な役割期待なんだ」というふうに気づいていくという点でも言葉を作るというのは大事かな、と思いますね。”

 

ダブル手帳 × ホリィ・セン × 西井開 対談内容全文 - ダブル手帳の障害者読み物

 

 

〔追記〕

ブコメから。

id:zheyang こういう願望による推測ばかりだと「恋人を欲しがる女・結婚してる女は未成熟」とか「友だちの多い奴は友だち依存」とか何でも言えちゃう。あとカウンセリングを万能視しすぎ。

ただ単に恋人を欲しがる人と恋愛依存症とは別物。ゲームしたい人=ゲーム依存症ではないように。というか、恋愛依存症になるとまともに恋愛できなくなるので、まともに恋愛したいと思ったら、恋愛依存症から脱する必要がある。

カウンセリングが万能でないことは、カウンセリングを受けていたのでよくわかっている。これは現代医療が万能ではないのと同じくらい当たり前のことだ。

具合が悪い人に「病院に行け」と言うのは、医療が「万能だから」ではない。素人判断よりプロの助けを借りたほうが「確実だから」だ。現代医療は万能ではないからと言って、病院に行かなかったり、民間の怪しい代替医療に走ったりするほうが、ずっと極端だ。

 

 

孤独とセックス (扶桑社新書)

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酔うと化け物になる父がつらい

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