宇野ゆうかの備忘録

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抹茶だけじゃなかった〜問題の本質はアメリカにおける「スーパーフード化」にある

前回の抹茶不足に関する記事を書いてから、引き続き海外の抹茶事情を調べていたのだが、どうやら、これは抹茶だけに限ったことではなさそうだ。キヌアやウベ(フィリピンの紫ヤム芋)やアボカドなどでも、同じようなことが起こっていたらしい。
問題の本質は、主に北米における「スーパーフード化」だと思う。他の国や民族の人々が伝統的に食べていたものを、突如、北米が「発見」し、スーパーフード化する。スーパーフード化された食べ物は、北米でトレンドとなり、多くの人々が買い求めるようになる。アメリカで流行したものは、そのうち世界中で流行する。そして、品不足と価格高騰が起こり、現地住民に影響を及ぼす……

「スーパーフード化」は、良い影響の場合もあれば、悪い影響の場合もある。良い影響は、輸出先が増えて、現地の産業が潤うことだ。悪い影響は、現地の人々が手に入れにくくなり、その国の文化の存続に支障をきたすようになることだ。現在の抹茶不足では、高級な茶道用抹茶に人気が集中しているので、茶道をしている人たちが、抹茶を手に入れにくくなっている。

 

スーパーフード化された食品は、オーガニックで高品質なものに人気が集まり、高級化される傾向がある。北米人に「高価な健康食品」を売りたい人もいるだろうし、消費者は、「これだけ高価で品質の良いものなんだから、効果があるんだろう」と思いたい、という心理もありそうだ。海外では、高品質な抹茶を指す言葉として「セレモニアルグレード」という言葉が使われているが、これについての解説も、「春、一番最初に収穫される抹茶で、最も栄養価が高い」と説明されていることが多い。

そして、そのような健康意識の高い人々は、場合によっては、現地の人々より大量にその食品を摂取することになる。今日において、欧米では、抹茶を点てて飲むことを「毎朝の儀式」にしている女性がよく見られる。中には、抹茶を大量に摂取して、かえって健康状態が悪くなる人も出ている。*1日本人はそこまで抹茶を飲まないし、抹茶を大量に飲んだら、カフェインの過剰摂取になって、かえって健康に良くないというのは、日本人にとっては常識なのだが……

X(Twitter)では、海外の健康食品系のアカウントが、抹茶不足で偽物が出回っているので、偽物と本物の見分け方を紹介しており、地中海式ダイエットを実践している女性が、「私はいつも、高品質のセレモニアルグレードの抹茶を購入しています」と言っている光景が見られた。

 

どうやらアメリカでは、スーパーフードを発見しては流行らせるというのが、大きなビジネスになっているらしい。アメリカ人にウケやすい傾向としては、北米以外の国や民族で伝統的に食されていた食べ物が、実はスーパーフードだったというストーリーのようだ。アメリカ人目線で、神秘的でエキゾチックな雰囲気を感じる食べ物、プラス「実は、現代科学によって、このような健康効果が確認されています!」というのが、定番の宣伝要素になっている。キヌアもアボカドも紫ヤム芋もアサイーベリーも抹茶も、これだ。

実際には、スーパーフードは、その健康効果よりも、マーケティングの要素が強いという。

In “Superfoods That Don’t Have Publicists,” Ian Marber, a nutrition consultant and columnist, suggests that the key factor that determines whether or not a food is identified as a superfood has little to do with scientific research and is more closely tied to its marketing. Marber identifies a superfood as “any food with a publicist,” pointing out that superfoods are easier to publicize if they have an exotic origin: “Ideally, it would have been favoured by local tribes for many thousands of years to give them energy to prepare them for battle or fight pain. If it has anything to do with fertility or sexual stamina, that’s marketing gold.”

(栄養コンサルタントでコラムニストのイアン・マーバー氏は著書「宣伝家のいないスーパーフード」の中で、食品がスーパーフードとして認知されるか否かを決定づける重要な要素は科学的研究とはほとんど関係がなく、むしろマーケティングと密接に結びついていると主張している。マーバー氏はスーパーフードを「宣伝家のいる食品」と定義し、エキゾチックな起源を持つスーパーフードの方が宣伝しやすいと指摘する。「理想的には、何千年もの間、地元の部族に好まれ、戦いに備えたり、痛みと闘ったりするエネルギーを与えてきたはずです。もしそれが豊穣や性的スタミナと関係があるなら、それはマーケティングの金字塔です。」)

Food from Nowhere: Complicating Cultural Food Colonialism to Understand Matcha as Superfood(どこから来たのかわからない食べ物:文化的食の植民地主義を複雑に捉え、抹茶をスーパーフードとして理解する)

“People go overboard in this quest for exotic foods, ‘superfoods,’” said Krishnendu Ray, a professor of Food Studies at New York University. “One day, it’s turmeric. Next day, it’s ghee. And the day after maybe it’s quinoa. It’s basically a marketing ploy. I don’t see anything redeeming about it.”

(「人々はエキゾチックな食品や『スーパーフード』を求めて、行き過ぎた行動を取りがちです」と、ニューヨーク大学食品学教授のクリシュネンドゥ・レイ氏は言う。「ある日はターメリック。次の日はギー。そしてその次の日はキヌア。要するにマーケティング戦略です。何のメリットも見当たりません」)

Influencers are eating ghee by the spoonful. Brands are responding with whitewashed versions.(インフルエンサーたちはギーをスプーンですくって食べている。ブランドはホワイトウォッシュバージョンでそれに応えている。)

 

日本人のように健康になりたいなら、日本人の食生活の全体を見る必要がある。日本の食品のうちの一つを「これはスーパーフードだ!」「これが日本人の健康の秘訣だ!」と言うことには、大して意味はない。でも、多くの人々は、複雑で実行するのが難しい事実より、単純ですぐに実行できる話を好むのだろう。

また、少量では健康に良いものでも、大量に摂取すれば毒になるものは、沢山ある。日本のスーパーフードの代表格・納豆だって、食べ過ぎると腹痛や吐き気、下痢などといった消化器系の不調を引き起こすことがある。*2結局のところ、食生活における健康とは、あらゆる栄養素をバランス良く適量摂取することだ。

 

食生活における健康の維持には、「教育」と「環境」の要素が必要なのだと思う。日本人の場合は、子供の頃から「バランス良く食べなさい」と言われるし、学校では栄養士が献立を考えた給食を食べて育ち、家庭科の授業で栄養と食生活と調理について学ぶ。また、かなりの貧困家庭でなければ、概ね、健康に良い食生活ができる環境が揃っている。もしこれが戦後の食糧難だったら、たとえ教育を受けていたとしても、健康的な食生活は難しいはずだ。現代日本は、コンビニにはサラダや野菜料理の選択肢があるし、自動販売機で砂糖が含まれていない飲料を買うことができる。

ということは、アメリカの場合は、「教育」と「環境」のどちらか、または両方が欠けているのだろう。「スーパーフード化」とは、健康的な食生活を維持するのが困難な経済大国ならではの現象なのかもしれない。彼らがこれだけ国外の食べ物に執着するのは、もしかしたら、「自分の国の食べ物では、健康になることができない」という考えが、アメリカ人にはあるのだろうか?ある海外サイトでは、欧米人がエキゾチックな食べ物に執着するのは、西洋医療に対する不満からだと書いていた。*3この辺りは、日本の「そういう層の人たち」と似たような感覚なのかもしれない。しかし、スーパーフード界隈も、調べれば調べるほど、金儲け主義的な要素が出てくる。

 

Dubbed "green gold" among Mexicans, the avocado trade has attracted crime groups that extort payments from producers and have acted as muscle for others by displacing people and deforesting the once-verdant countryside, according to 10 locals in Michoacan.

Climate Rights International, whose findings are cited in the Organic Consumers Association's lawsuits, said it has documented more than 30 threats or acts of intimidation associated with the expanded avocado trade, including four abductions and five fatal shootings.

ミチョアカン州の地元住民10人によると、メキシコ人の間で「緑の黄金」と呼ばれるアボカド取引は、生産者から金銭をゆすったり、住民を強制退去させたり、かつては緑豊かだった田園地帯の森林を伐採したりして他者の暴力団の勢力源となっている犯罪グループを引きつけているという。

オーガニック消費者協会の訴訟で調査結果が引用されているクライメート・ライツ・インターナショナルは、アボカド取引の拡大に関連して、4件の誘拐と5件の射殺事件を含む30件以上の脅迫や威嚇行為を記録したと述べた。)

Avocado goldrush links U.S. companies with Mexico's deforestation disaster(アボカドのゴールドラッシュは米国企業とメキシコの森林破壊災害を結びつける)

“Today, if you tell people ghee is an excellent fat, you have to indicate to them that ghee should not be consumed in copious amounts,” said Raj, who specializes in nutrition and dietetics. “Anything when eaten in copious amounts can be problematic.”

(「今日、ギーは優れた脂肪だと人々に伝えるなら、ギーを大量に摂取すべきではないことを示さなければなりません」と、栄養学と食事療法を専門とするラジ氏は述べた。「どんなものでも、大量に摂取すると問題が生じる可能性があります。」)

Influencers are eating ghee by the spoonful. Brands are responding with whitewashed versions.(インフルエンサーたちはギーをスプーンですくって食べている。ブランドはホワイトウォッシュバージョンでそれに応えている。)

 

現在、抹茶不足が茶道の運営に影響を与えていることを報じている海外メディアは、少ないのが現状だ。言葉の壁によって、大多数の外国人は、日本の抹茶事情を知らず、大多数の日本人は、海外の抹茶ブームの事情を知らない。日本人でも、茶道に縁遠い生活をしている人たちは、この状況を全く知らない人も多いだろう。

おそらく、海外の人々の多くは、日本人はずっと伝統的な方法で抹茶を飲み続けてきて、最近になって欧米で抹茶が流行ってから、抹茶ラテや抹茶ケーキなど西洋料理化され、何にでも抹茶が使われるようになったと思っている。そして、彼らは、「抹茶を西洋料理化するのは良いの?悪いの?これは文化盗用なの?それとも食の進化なの?」と思っている。

 

海外における抹茶不足の報道を見ると、「抹茶マニア」やソーシャルメディアのトレンドが原因だと言う傾向がある。また、気候変動による収穫減や、抹茶農家の高齢化を挙げている報道はよく見かける。確かにそれは問題だが……しかし、抹茶について何も知らない人々に対して、「セレモニアルグレード」という言葉を用いて、茶道用の抹茶をラテに使うのが、さも普通のことであるかのように宣伝したり、「日本人は毎日抹茶を飲んでいるから健康なんです」と言っていたウェルネス業界には、この問題に対する責任はないのだろうか?海外では、抹茶は日本人が日常的に飲んでいる生産量が多いお茶だと、誤解されている。

 

海外の抹茶についての解説は、非常に沢山あるのだが、読んでいて少し違和感を感じたことがある。茶道の文化について言及しているものは沢山あるが、その内容の多くは、「茶筅を使って抹茶を点てる一連の動作は、ゆったりとした瞑想的なもの」というようなものだ。一方、大抵の日本人は、茶道について「もてなしの精神」というイメージがあると思うのだが、それに言及されていることは、ほとんどない。「セレモニアルグレード抹茶」とは、文化的には、客人に出すのに適した抹茶なのだが。

そういえば、海外サイトでは、抹茶の点て方の解説は沢山あって、抹茶碗と茶筅がよく売れているわりには、抹茶を飲む時の作法についての解説は、とても少ない。現代の海外の抹茶トレンドは、健康効果かSNS映えが主で、社交としての茶、つまり、茶を囲んでの交流とか、他者のために淹れる茶といったものを見かけない。
結局のところ、海外における茶道についての解説は、現代アメリカ人のウェルネストレンドに合致する、抹茶の健康効果やマインドフルネスの要素だけが、抜き出されているのかもしれない。

 

その辺りが、人々の紅茶に対する興味と比較すると、かなり違うと感じる。イギリスを訪れた観光客には、アフタヌーンティーの体験が人気だ。アフタヌーンティーのエチケットについて解説しているサイトは、沢山ある。一方、日本を訪れた観光客には、茶道体験は人気だろうか?結局のところ、スーパーフードとしての人気とは、「禅の儀式」「古代の伝統」といったフレーズをを宣伝文句として使いつつ、元の文化の部分は切り捨てて、食べ物だけが欲しいという欲求になりがちだ。*4

ちなみに、アフタヌーンティーの本場イギリスでは、日常的にはマグカップティーバッグで紅茶を淹れている。実際、現代イギリス人が淹れている紅茶の大部分は、ティーバッグだそうだ。彼らにとっても、アフタヌーンティーは特別なことなのだ。

 

Matcha, in itself, is still a beverage of status today, although for much different reasons. In the past, if you could afford to consume matcha, you were considered important. If you purchase the iconic iced matcha latte today, you are considered cultured and elevated, you can enjoy a drink that many others can’t, and you’re deemed a “matcha girlie.”

(抹茶自体は、今日でもステータスを示す飲み物ですが、理由は大きく異なります。昔は、抹茶を飲める人は地位のある人とみなされていました。今日、象徴的なアイス抹茶ラテを買えば、教養があり、高尚な人だとみなされ、多くの人が飲めない飲み物を楽しめる、「抹茶ガール」とみなされます。  )

Matcha Symbolizes Conformity, & It’s Frightening(抹茶は同調を象徴し、それは恐ろしい)

ハロッズで高価なゴールデンチップの紅茶葉を買って、それでタピオカミルクティーを作って飲んだら、イギリスのアフタヌーンティー文化を体験できるかな?

 

奇妙なことに、抹茶は海外で「女性的」というイメージがついている。「Men used to go to war now they drink matcha.(かつて男たちは戦争に行った。今では抹茶を飲んでいる」「Matcha? Why you can not be a macho?(抹茶?なんでマッチョになれないの?)」という言い回しがミームと化している。

これは、抹茶が欧米の女性の間でトレンドになったからなのだが、アメリカでは、美容と健康とダイエットに気を使う女性が好むものは「女性的」と見なされるようだ。どうやら、男は肉食ってブラックコーヒー飲めという、マッチョ思想があるらしい。

大豆に至っては、「女々しい男」「男性的魅力のない男」という意味で「Soy Boy」という言い回しまである。男といえば肉を食うべきなのに、大豆食ってるやつ、という意味らしい。「Soy Boy」は、2010年代から言われ出したようなのだが、2025年現在では、「Matcha Man」が加わったようだ。これは、女々しい男、あるいは、女性の気を引くために、あえて女性が好みそうなものを身に着けてみて自己演出する男、という意味らしい。*5

 

But is it acceptable for men to enjoy what many have deemed a girl drink? This is the latest question making the rounds online thanks to a handful of posts about the bright green beverage. It’s sparked conversations about food and gender. But most notably, it has given us a new type of guy: a matcha man.

(しかし、多くの人が女性向けとみなす飲み物を男性が楽しむのは、果たして許容されるのだろうか?鮮やかな緑色の飲み物に関するいくつかの投稿のおかげで、これはオンラインで話題になっている最新の疑問だ。この飲み物は、食べ物とジェンダーに関する議論を巻き起こした。しかし、最も注目すべきは、抹茶男子という新しいタイプの男性を生み出したことだ。)

Are Matcha Men the New Soy Boys?(抹茶男子は新しいソイボーイか?

そもそも、なぜ欧米人が、誰が抹茶を飲むべきかを決めているのだろう?

 

欧米での抹茶の流行は抹茶ラテが中心なのだが(欧米人が『matcha』と言う場合、それは大抵抹茶ラテのことだ)、抹茶ラテは典型的に女性的な飲み物と見なされている。*6これは、抹茶が「女性的」なのに加えて、アメリカではカフェラテが女性的な飲み物だと認識されているというのもあるのだろう。どうやら、アメリカ視点では、ヨーロッパ的なものは女性的だとする傾向があるようだ。もっとも、カフェラテの本場イタリアでは、男性も女性も、カフェラテとエスプレッソの両方を飲んでいるようだ。

スターバックスの抹茶ラテは、元々は日本人向けの商品だったのだが、欧米では、抹茶ラテは元々日本人が飲み始めたものだとは知らず、日本人が抹茶ラテを飲んでいると思っていない人も、たぶん珍しくないのだろう。*7*8*9

 

アメリカで流行ったものは、やがて世界中で流行るので、アメリカで形成されたイメージも、世界中に広まってしまう。アラブ社会でも、抹茶は女性が飲むものという認識が形成されており、「抹茶を飲むと男性ホルモンが低下する」という噂もあるそうだ。*10抹茶の流行は、今や中東や南アジアや東南アジアでも広がっているが、どうやらそちらでも、そういう認識らしい。日本人にとっては、抹茶と茶道は重要な侍文化だったのは常識だが、どうやら、このことは、向こうではあまり認識されれていないようだ。

 

こういったことは、食べ物に限らない。インドのヨガも、元々は何世紀もの歴史がある修行法で、日本にも、仏教経由で「瑜伽(ゆが)」として伝来しているのだが、それが欧米のウェルネス文化に取り入れらると、ヨガの運動に関する部分だけが抜き出され、最近は、すっかり白人女性向けのフィットネスかエクササイズのイメージになってしまっている。もっとも、ダルシムを生み出した日本がどうこう言える立場ではないのかもしれないが……

実際、「ヨガ 白人化(yoga whitewash)」「ヨガ 文化盗用(yoga cultural appropriation)」で検索すると、その手の記事が沢山出てくる。

 

Working as a yoga teacher in London has shown me just how far the practice has been pulled from its roots. Yoga was simply not designed as a quick workout or to be reduced to #LiveYourBestLife Instagrammable content. It was never meant to fit into a power hour on your lunch break, or as something to be combined with beer or puppies – as some classes do, charging an eye-watering £35 for the privilege. 

(ロンドンでヨガ講師として働く中で、ヨガがいかにそのルーツからかけ離れてしまったかを痛感しました。ヨガは、単に短時間のワークアウトとして、あるいは#LiveYourBestLife でインスタ映えするようなコンテンツとして作られたものではありません。ランチタイムのパワーアワーに組み込むものでも、ビールや子犬と一緒に楽しむものでもありませんでした。一部のクラスでは、その特権に35ポンドという高額を請求するほどです。)

I teach yoga – its appropriation by the white wellness industry is a form of colonialism, but we can move on(私はヨガを教えています。白人のウェルネス産業によるヨガの盗用は一種の植民地主義ですが、私たちは前進することができます)

I always eye-roll when anyone tells me they, like, love yoga. Because how many of the 460,000 people who currently practise yoga in the UK (or the two billion worldwide) actually know that it dates back to around 2700BC? 

(誰かが「ヨガが好き」と言うと、いつもうんざりしてしまいます。というのも、現在イギリスでヨガを実践している46万人(あるいは世界で20億人)のうち、ヨガの起源が紀元前2700年頃にまで遡ることを知っている人はどれほどいるでしょうか? )

How Wellness Got Whitewashed | Glamour UK(ウェルネスはいかにして白人化されたか)

皮肉なことに、日本では西洋化されたヨガが流行し、インドでは西洋化された抹茶が流行している。

 

茶道と文化盗用については、このようなTweetがあった。

 

海外の抹茶事情について調べてみたら、奇しくも、欧米発のスーパーフードの流行に行き着くことになった。これまで、この手のスーパーフードが、日本でも一部の層の人々の間で流行することがあったが、いざ、自分がよく知っている食材が対象になると、なんとも言えない気分になるものだ。私の中では、結局のところ、日本人は、もともと健康的な食生活の文化を持っているし、玄米や納豆など、自国のスーパーフードがあるのだから、アメリカ発のスーパーフードの流行を追い求める必要などないという結論になった。少なくとも、身体的健康の分野に関しては、アメリカは模倣すべき国ではないことは確かだ。

あと、よく言われている、黒人や先住民族の文化的アイテムを、その文化的背景を理解せずに着用するのは良くないという理由も、実感を持って理解できた。もう、単純に、文化的文脈と強く結びついているアイテムって、その文化的文脈とかけ離れた利用の仕方すると、全然格好良くないんだね。これが、少数の人が変な使い方をしているだけなら、笑い話で済ませられるけど、発信力の強い多数派が、元の文化的背景とはかけ離れた方法で利用し出して、そっちのほうが広まって、こっちに影響が出るようになると、ちょっと、笑ってもいられなくなる、ということなんだね。

 

もっとも、日本の抹茶産業に関わっている人たちは、長年、海外に抹茶を売りたいと思っていたのだから、ある意味では、彼らの努力が実った形とも言えるのだが、この抹茶トレンドは、文字通り苦い教訓だと思う。売れないよりは売れたほうが良いが、売れさえすれば良いというものでもなかったのだろう。できれば、今の海外の熱狂的な抹茶トレンドが過ぎ去った後、日本の若い世代の人たちが、抹茶や茶道に興味を持つ流れに繋がると良いのだが。

あと、最近はほうじ茶「hojicha」も海外で人気が出てきていて、ソーシャルメディアで「black matcha」って呼ばれてたりする。いやぁ……抹茶とほうじ茶は全く別物だからなぁ……発音しにくいなら、「hoji tea」あるいは「Japanese roasted tea」って言ったらどうかな?

 

Kaur says, “I have poha with avocado and cucumber. Superfoods add variety and additional roughage to your plate. But if you’re drinking jeera/ajwain water, eating fruits, nuts and seeds, you don’t need to go out of your way to consume imported superfoods.” Ganeriwal adds, “There’s no harm in being curious about superfoods. But as regular, healthy people, not pursuing them is not going to make us deficient. You don’t need to fear ‘missing out’—and you definitely don’t need to chase Western superfoods”.

(カウル氏は、「私はポハにアボカドとキュウリを添えて食べます。スーパーフードは食卓にバラエティと食物繊維をプラスしてくれます。でも、ジーラやアジョワンを飲み、果物、ナッツ、種子類を食べているなら、わざわざ輸入スーパーフードを摂取する必要はありません」と語る。ガネリワル氏はさらに、「スーパーフードに興味を持つことは悪いことではありません。でも、普通の健康な人間として、スーパーフードを摂取しないことで栄養不足になることはありません。『食べ損ねる』ことを恐れる必要はありません。ましてや、西洋のスーパーフードを追いかける必要などありません」と付け加える。)

Are superfoods real—or a marketing gimmick? | Good Food Movement(スーパーフードは本当に存在するのか?それともマーケティングの策略なのか?)

 

The serene, contemplative ritual of preparing matcha was repackaged into a frantic, commercialized trend. The world fell in love with a picture, not the substance behind it.

(抹茶を点てるという穏やかで瞑想的な儀式は、熱狂的で商業化されたトレンドへと作り変えられてしまった。世界はイメージに魅了されたが、その背後にある本質には魅了されなかったのだ。)

The Real Reason for the Matcha Shortage(抹茶不足の本当の理由)

 

前回記事

yuhka-uno.hatenablog.com

 

 

[2025.11.14追記]

ちょうど、タイムリーな話題があったので。

togetter.com

 

 

 

 

 

外国人が高級抹茶を買い求める背景には、海外における盛大な勘違いがあった〜日本人が知らない「セレモニアルグレード」という抹茶用語

海外で抹茶がブームになり、外国人が高級抹茶を爆買いしている。彼らは、希少で高級な抹茶から買っていくため、茶道に携わる人たちは、抹茶の調達に以前より苦労しているそうだ。そのせいで、転売が横行している。

なぜ外国人は、そんなに高級な抹茶ばかり求めるのか。理由を調べてみたのだが、どうやら海外での盛大な勘違いが原因らしい。キーワードは「ceremonial grade(セレモニアルグレード)」だ。

news.ntv.co.jp

” 店内の棚をみると商品のうち、30グラム1万2千円、8千円などの高級な抹茶のほとんどが売り切れになっていました。
 多くの外国人観光客は、希少で高級な抹茶から買っていくため、高級品は品切れ状態が続いているといいます。

 中村藤吉本店 中村省悟 社長
「“品質の良い抹茶はどれですか?”と聞かれる海外のお客様は非常に多いです。その状況が続いたことで、今までに経験のないくらい販売が急増し始めました。その結果、生産が追いつかなくなってしまって、売り切れの商品が多発し、供給が不安定な状況が続いています」”

 

”「海外の方には高いものから売れていくのですが、とにかく安く感じるようです。理由の一つは転売されているからです。私たちの売る抹茶が何倍もの値段でサイトで売られています」”

 

日本人が知らない抹茶用語「セレモニアルグレード」

近年の海外の抹茶ブームは、抹茶ラテが中心になっている。つい近年までは、抹茶は「草みたいな味がする」と、それほど人気ではなかったのだが、TikTokなどのSNSで、抹茶ラテがコーヒーラテより健康的だとインフルエンサーが広めて、若い世代を中心に流行しているらしい。マインドフルネスなイメージや、鮮やかな緑色がSNS映えするんだとか。 そして、独自に抹茶ラテを売る店や、自分で抹茶ラテを作る人が出てきたという流れのようだ。最初はアメリカとヨーロッパから始まり、最近は中東で需要が急増している。そして、そこで使われているのが「セレモニアルグレード」という言葉だ。

英語では、茶の湯は「ティーセレモニー」と訳されるので、「セレモニアルグレード」という言葉からは、「茶道で使われる等級の抹茶」という意味のようなイメージがする。そして、海外の抹茶ラテを提供する店では、「当店の抹茶ラテはセレモニアルグレードを使用しています」と宣伝していることが多い。おそらく、海外では粗悪な抹茶が多かったことと、ある種のステータスを表現するために、店は、そう言うことで顧客にアピールしたかったのだろう。

抹茶の等級については、何かしら向こうの共通基準があるわけではなく、誰でも「当店の抹茶はセレモニアルグレードです」と言ってしまえる状態だそうだ。現在、この言葉は、完全に海外独自の抹茶のマーケティング用語になっている。

 

現在、海外では、抹茶は「ceremonial grade(茶道用等級)」と「culinary grade(料理用等級)」の二種類だと認識されている。この「セレモニアルグレード」という言葉のせいで、海外の人たちの間では、「”茶道用”=良い・”料理用”=不味い・粗悪品」というイメージが形成されてしまっているようだ。つまり、海外の人たちの間では、抹茶ラテや抹茶菓子などを作るのですら、茶の湯で使われる高級抹茶でなければならない、高級であればあるほど良い、という勘違いが形成されているらしい。おそらく、外国人が高級抹茶を求めて爆買いしているのは、そういう理由だ。そして、日本の高級抹茶は品薄状態になり、転売屋が横行している……

実際に茶道をやっているらしい外国人の投稿も見かけたのだが、海外で「セレモニアルグレード」と呼ばれている抹茶は、日本の”本物の”セレモニアルグレード、つまり、茶道で使う抹茶よりも、低級品であることが多いとか(そりゃ当然よね……)。そして、海外在住の日本人の話によると、向こうのスーパーマーケットなどで売っている抹茶は、品質が悪い「抹茶もどき」が多いという。

 

"Historically, matcha has been a niche product. Unlike the USA, where Matcha is a casual drink (Matcha Latte), in Japan, Matcha is primarily used in tea ceremonies. In fact, Matcha only makes up 6% of Japan’s tea industry with an annual output of 77,200 tons in 2022. 

With such low volume, and used only in mostly formal circumstances, Matcha is certainly famous in Japan but not popular. Put simply, it’s not consumed often. When I tell this to customers at the Ooika cafes, they are often surprised to hear this. "

(歴史的に、抹茶はニッチな商品でした。アメリカでは抹茶はカジュアルな飲み物(抹茶ラテ)として親しまれていますが、日本では抹茶は主に茶道で用いられています。実際、2022年の日本の茶産業における抹茶の年間生産量は77,200トンで、全体のわずか6%を占めるに過ぎません。 

抹茶は日本では非常に少ない量で、主にフォーマルな場でしか使われていないため、確かに有名ではあるものの、あまり普及していません。簡単に言えば、あまり飲まれていないということです。Ooikaのカフェでこのことをお客様に話すと、よく驚かれます。)

All about the Global Matcha Shortage (the Complete Guide) — Ooika (覆い香)(世界的な抹茶不足について(完全ガイド))

このサイトには、かなり正確なことが書かれていると思う。そして、この文章の内容から、海外における第二の盛大な勘違いがうかがえる。……つまり、海外の人々の多くは、あの茶の湯に使われるような最高品質の抹茶を、日本人は、カジュアルに日常的に飲んでいると思っているのではないだろうか。日本人の感覚からすると、希少で生産量が限られている高級抹茶を皆が買い求めて、日常的に消費したら、すぐに品不足に陥るだろうということは、当たり前に想像できるのだが、海外の人々にとっては、それは全く意外なことなのかもしれない。

海外の抹茶に関する記事や動画などを見ていると、現状を正しく認識して、正しいことを発信している人は、とても少ないようだ。

 

実際の抹茶の等級と用途、そしてラテに向いている抹茶

茶の湯で使われる抹茶には、濃茶用と薄茶用がある。濃茶は、格式高い席で用いられる、最高品質の抹茶で点てられるもので、少量の湯で練って点てられるため、濃厚でとろみがある。薄茶は、一般によく知られている、泡立てて点てられる抹茶で、濃茶よりカジュアルな席で用いられる。その下に稽古用の抹茶があり、これは茶道の練習をするためのものだ。

 今現在、一般的にはお抹茶といえば、「薄茶」を連想することが多いのですが、実は、 茶道においてはここで述べてあるように「濃茶」の方があらたまっていて、最も重要な おもてなしとされています。

濃茶と薄茶の違い | 公益財団法人 上田流和風堂

 

”There’s a notable lack of awareness about the various matcha grades: baking grade, latte grade, usucha grade, and koicha grade. Many mistakenly assume baking or latte grade matcha equals “bad,” while usucha grade or koicha grade equals “better”. Consequently, people are using mid to high grade usucha and koicha grade matcha in lattes. However, these matcha grades are intended to be enjoyed with water. They have subtle, complex notes that become muted or even lost entirely in milk.”

(抹茶の等級(ベーキンググレード、ラテグレード、薄茶グレード、濃茶グレード)について、あまり認識されていないのが現状です。多くの人が、ベーキンググレードやラテグレードの抹茶は「まずい」、薄茶グレードや濃茶グレードは「良い」と誤解しています。そのため、ラテには中級から高級の薄茶や濃茶グレードの抹茶が使われています。しかし、これらの等級の抹茶は水割りで楽しむことを想定しています。繊細で複雑な風味を持つこれらの抹茶は、ミルクを入れると風味が弱まり、場合によっては完全に消えてしまうこともあります。)

Your 4g+ matcha ratios are responsible for the matcha shortage, not resellers(抹茶不足の原因は、転売業者ではなく、4g以上の抹茶比率にある)

海外の掲示板からの引用。この人は正しいことを言っているのだが、掲示板の返信を見ると、いまいち理解していない人も多いようだ。

 

"6 Pro Tips to Make the ULTIMATE Matcha Latte 🍵 | Avoid Bad Café Matcha for Good!"(究極の抹茶ラテを作るための 6 つのプロのヒント 🍵 | 質の悪いカフェ抹茶を永久に避けましょう)


www.youtube.com

抹茶ラテの作り方を説明している海外の人。(1:13から)「茶道用」と「料理用」の違いについて説明しているが、「料理用」抹茶について、工業地帯に近い場所で栽培されていたり、農薬を過剰に散布されたものだったりで、身体に悪いもの、みたいな説明をしていて、「最高品質の抹茶を選ぶことが非常に重要」と言っている。こんなん聞いたら、そりゃ最高級抹茶買うしかないと思ってしまうわ……

粗悪な「抹茶もどき」が多い海外では、そういう考え方が当てはまるのかもしれない。しかし、実際の「茶道用」抹茶と「料理用」抹茶の違いは、一番茶二番茶三番茶、手摘みか機械摘みか、石臼挽きか機械挽きか*1などの、収穫時期や製造工程などの違いだから……つまり、同じ生産者から「茶道用」も「料理用」も作られているのだ。

 

どうやら、海外の顧客は、一番茶(茶道で使われる抹茶)のみに興味を示し、二番茶三番茶には、あまり興味を示さない傾向があるらしい。日本人は、その二番茶三番茶で、ラテやお菓子を作っているのだが……

最高級の茶葉(ファーストフラッシュ抹茶)は4月と5月に収穫され、農家はそれ以降の抹茶の人気急上昇を予測する術がありませんでした。よりグレードの低い「セカンドフラッシュ」と「サードフラッシュ」の抹茶はそれぞれ6月から7月、9月から10月に収穫されますが、ブランドや顧客の間ではそれほど人気が​​ありません。 

Japan's Matcha Shortage: What Happened and Alternative Sources過(剰消費により、日本では前例のない抹茶不足が発生)

私は試してみたことはないが、茶道用の高級抹茶をラテや菓子に使って、美味しいのかというと、そうでもないらしい。他の材料と混ぜてしまうと、繊細な風味が台無しになるのはもちろん、抹茶の味が薄くなってしまうそうだ。逆に、そのまま飲むには苦味が強い食品加工用抹茶は、他の材料に混ぜ込んで使うと、抹茶の風味が引き立って美味しいそうだ。

 

"Matcha Shortage | History, Context, and Predictions"(抹茶不足|歴史、背景、そして予測)


www.youtube.com

この人は正しいことを言っていると思う。おそらく、茶道をしている人だろう。(13:25から)「現在、日本から出ている主な解決策のひとつは、適切な用途に適切な茶葉を使用するようにというシンプルな指示です」「品質が高いほど良いというのは一般的な誤解です」抹茶ラテなどのミックスドリンクを作るなら、稽古用の低級や料理用の高級が良いと勧めている。実際に日本で売られている抹茶も、「稽古用・抹茶ラテやお菓子作りにも」などと書かれている商品が沢山ある。

こういうのとか。

 

海外では、抹茶はスーパーフードと言われ、健康食品扱いされている

海外では、抹茶が健康的なスーパーフード扱いされている。GoogleSNSで「matcha superfood」で検索すると、そのような内容だらけだ。「これはキヌアの時と一緒だ」と言ってる人がいた。どうやら、日本人は日常的に抹茶を飲んでいるから健康なのだと思っている人が沢山いるようだ。健康志向と結び付けられているからこそ、オーガニックなものを求め、高品質なものほど効果があると思っているという背景もあるようだ。ある種の「健康食品ビジネス」になっている気配もする。

"Instead, matcha has been reinvented in the United States as a healthy ingredient that can be added to anything from smoothies to muffins. This consumption of matcha in the United States is predominantly health-focused, and U.S. marketers and health-food writers highlight its high antioxidant content, along with its multitude of health benefits, including fat-burning and cancer-fighting properties. In transforming the way that matcha is consumed and framing it based on these properties, health and wellness writers, health food marketers, and health-conscious eaters have effectively erased the cultural context from which matcha originates."

(その代わりに、抹茶はアメリカで、スムージーからマフィンまで何にでも加えられる健康的な食材として再発明されました。アメリカにおける抹茶の消費は主に健康に焦点を当てており、アメリカのマーケティング担当者や健康食品ライターは、抹茶の抗酸化物質含有量の高さや、脂肪燃焼や抗がん作用など、数多くの健康効果を強調しています。健康・ウェルネスライター、健康食品マーケター、そして健康志向の消費者は、抹茶の消費方法を変革し、その特性に基づいて抹茶を捉えることで、抹茶の起源となる文化的文脈を事実上消し去ってきました。)

Food from Nowhere: Complicating Cultural Food Colonialism to Understand Matcha as Superfood(どこからともなくやってくる食べ物:文化的食の植民地主義を複雑に捉え、抹茶をスーパーフードとして理解する)

これは2018年の記事なので、2020年以降の抹茶の「SNS映え」ブームについては書かれていないが、ここで書かれている健康作用は、海外で抹茶について語られている多くのサイトに当てはまる。

 

そもそも、日本人がアメリカやヨーロッパの人たちと比べて、お茶を飲むことで健康的な一番の理由は、日常的に無糖の飲み物を飲んでいるからなのでは……?実際、日本人は抹茶ラテを健康的だと思ってないよね。あれは、ただの糖分と脂肪分が入ったデザートだ。

なので、海外の人たちに、煎茶やほうじ茶や番茶や玄米茶を勧めるか、あるいは、実際に日本人が健康的な飲み物だと思っている青汁を勧めてみるのはどうだろうか?色も抹茶と似てるし。

Hi! Thank you for answering. Mainstream media sure makes it seem like the Japanese are drinking 4-5 cups of matcha daily and eating purple sweet potatoes. I must be the only one consuming matcha like crazy.

(こんにちは!ご回答ありがとうございます。主流メディアでは、日本人は毎日4~5杯の抹茶を飲んで、紫芋を食べているかのように報道されていますね。抹茶を狂ったように食べているのは私だけでしょうか。)

How many cups of matcha do Japanese people drink a day on average?(日本人は1日に平均何杯の抹茶を飲むのでしょうか?)

それに、日本人女性の肌がきれいなのも、東アジアでは肌の美しさが重視されるので、肌の手入れや、肌をキレイに見せるコスメを重視しているからだと思う。だから、資生堂の肌カウンセリングとか受けたら良いと思う。あと、ぶっちゃけ、湿気が多い気候もあると思う。

 

そもそも、日本人が健康的な理由は、学校教育における給食と家庭科の授業にあると思う。私は、これを「ジェイミー・オリヴァーの給食改革」を見て思った。イギリスの有名シェフが、子どもが生まれたことから、学校給食のあまりの酷さを何とかしようと奮闘するドキュメンタリーだ。それを見ていると、イギリスの給食の酷さもさることながら、どうやら、向こうの大人たちには、日本の中学生でも当たり前に理解しているような、栄養バランスの感覚がないことがうかがえた。

イギリス人やアメリカ人は、食生活におけるアダルトチルドレンのような人が多いのだろうと思った。子供の頃に、健康的な食事を体験していなければ、大人になっても、健康的な食事とは何なのかがわからない大人になってしまう。

 

抹茶は魔法の飲み物ではないし、日本人の健康の秘密でもない。日本人のように健康的になりたければ、平均的な日本人の食生活の全体像を見る必要がある。何かひとつの日本食品だけを「これはスーパーフードだ!これが日本人の健康の秘密だ!」と言うことには、何の意味もない。

結局のところ、健康的な食事とは、すべての栄養素を適切な量でバランスよく摂取することだ。抹茶も、飲みすぎればカフェインの過剰摂取になってしまう。健康的になるには、日本の抹茶を買うよりも、日本の家庭科の教科書を買ったほうがいいだろう。

ちなみに、日本人は総じて身体的健康度は高いが、精神的健康度やメンタルヘルスへの理解度が高いとは言えない。

 

海外では、抹茶の文化盗用についての議論がある

欧米では、抹茶と文化盗用に関する議論が盛んに行われている。

海外のある会社がチューブ入りのペースト状抹茶を作ったのだが、その商品の宣伝方法で非難を浴びることになった。

""Let's make matcha, but we don't need any of this crap," the company's founder Mujtaba Waseem said in the advertisement as he pushed matcha powder, a bamboo whisk (aka a chasen), a strainer, a bowl, and other traditional matcha tools off his counter to make room for his matcha squeeze tube."

(「抹茶を点てよう。でも、こんなくだらないものは一切いらない」と、同社の創業者ムジタバ・ワシーム氏は広告の中で、抹茶の粉末、茶筅、茶漉し、茶碗など、抹茶を点てる伝統的な道具をカウンターから押しのけ、抹茶のチューブを置くスペースを作りながら語った。)

People Are Calling Out This Matcha Company For Cultural Appropriation After Its Shocking Marketing Campaign Was Met With A Whole Lot Of Criticism(衝撃的なマーケティングキャンペーンが多くの批判を浴び、抹茶会社を文化盗用だと非難する声が上がっている)

この会社は、なぜ単に「これなら泡だて器を使わず、簡単に作れます」と言うのではなく、何世紀にもわたって茶道で使用されてきた道具を『crap(くだらない)』と言う必要があったのかと批判され、炎上状態になったようだ(そりゃそうだ)。

 

海外の抹茶ラテの作り方の動画を見ると、茶筅を使っている人がけっこう多い。一方、日本の抹茶ラテの作り方を検索してみると、そのほとんどが、茶筅を使っていないものばかりだ。まぁそりゃそうだ。大多数の日本人は、茶筅を持っていないのだから。

1899.jp

このサイトでは、大学で裏千家茶道部に所属していた人が、茶筅を使って点てる代わりに、しっかり密閉できるタッパーを使ってシェイクする方法を紹介している。また、このサイトは、お茶がテーマのレストラン&ホテルのもので、注文ごとに店員が茶筅を使って一杯一杯茶を点てることを宣伝している。

 

海外の掲示板を見ると、「抹茶を西洋式に消費するのは文化盗用なのではないか」「日本人だって、抹茶ラテや抹茶クッキーを消費しているぞ」といった議論があった。どうやら、向こうでは、欧米人があまりにもラテやクッキーやケーキなどにして、西洋式に消費するので、抹茶不足になったし、日本人が戸惑っているのではないかと思っている人がいるようだ。

もちろん、抹茶が西洋でトレンドになるずっと前から、日本では、ラテ、ケーキ、チョコレート、石鹸などを作るのに抹茶が使われていた。スターバックスの抹茶フラペチーノは、もともと日本人向けの商品だ。日本人が戸惑っているのは、基本的には茶道に使われるような高級抹茶を、外国人が爆買いして、それでラテやケーキなどを作っていることだ。

 

多くの日本人は、茶道用に使われる高級抹茶は、希少で生産量が限られているので、皆が日常的に消費するようになったら、あっというまに抹茶不足になってしまうということは、感覚的にわかる。それに、本来、その香りと繊細な風味を味わうための高級抹茶を、ミルクや砂糖などと混ぜてしまうなんて、「もったいないことを!」という感覚もある。やはり、茶の湯で使われるために作られた高級抹茶は、今でも日本人にとっては、ある種の「聖域」なのだろう。

歴史的に、茶として飲むものだけが抹茶だった期間が長く、やがて茶として飲むのに適していない茶葉が、料理に使われるようになった。そのため、日本人の感覚からすれば、高級抹茶は、基本的に茶道用か、あるいは伝統的な点て方で入れられるもので、それより下の抹茶は、アレンジ自由、茶筅などの茶道具不要といったところだ。

日本人も、抹茶ラテや抹茶菓子だけを消費して、茶道をやっていない人は沢山いる。というか、そっちのほうが多い。そして、そういう人は一般的に高級抹茶は買わないのだ。そういう日本人の多くは、普段は煎茶や番茶や麦茶などを飲み、たまに甘味処や茶屋などへ行った時に、店の人に抹茶を点ててもらう程度だろう。

 

"This scarcity of Uji-made ceremonial matcha fosters a sense of exclusivity, which further fuels the zeal of tourists. Hisaki says that since the start of the year, their store will sell a month's supply of matcha powder in a single day. And if the frenzy continues, she says, tea ceremony instructors, temples and shrines could have difficulty securing supply."

宇治抹茶の希少性は、その希少性によって観光客の熱狂をさらに刺激し、特別な存在として認識されています。久木さんによると、今年に入ってから、店の抹茶パウダーは1日で1か月分が売れてしまうこともあるそうです。この熱狂が続けば、茶道の先生や寺社仏閣は供給確保に苦労する可能性があると彼女は懸念しています。)

Who drank all the matcha? How tourism drained a Japanese town(抹茶を全部飲んだのは誰? 観光が日本の町を疲弊させた)

It's "a bit sad" to see high-grade matcha used in cooking - where its delicate flavour is often lost - or stockpiled for resale, said Ms Mori.

"Matcha is the highest grade of tea and it's so special to us. So there's a bit of a contradiction when I hear stories about how it's resold or used in food."

(高級抹茶が料理に使われ、その繊細な風味が失われてしまうことや、転売のために備蓄されているのを見るのは「少し悲しい」と森さんは語った。

「抹茶は最高級のお茶で、私たちにとって特別なものです。ですから、抹茶が転売されたり、食品に使われたりする話を聞くと、少し矛盾を感じます。」)

Matcha: World's thirst for the tea swallows global supplies

外国人も日本人も、希少な宇治の高級抹茶を「特別」だと認識しているが、その意味合いは異なっているようだ。

 

今後、「抹茶不足」にどう対処するべきか?

海外の抹茶不足に関する記事は、本当に沢山あるのだが、この最も肝心なこと書いているサイトは、本当に僅かしかない。海外の記事の多くは、TikTokなどのSNSで抹茶がブームになったことや、抹茶を作るのにかかる手間のことや、伝統とトレンドについてや、関税についてのことぐらいだ。

もしかしたら、彼らにとっては、この事実は盲点なのかもしれない。「日本人は毎日抹茶を飲んでいる」……これは、日本人は皆アニメを見ているとか、日本人は日本食ばかり食べているとか、海外の人が日本に住んで、初めて思い込みだったと知るような類のことなのかもしれない。まずは、この事実を知ってもらうことからだろう。

まぁ、抹茶を「高価な健康食品」として売りたい人たちにとっては、不都合な真実かもしれないが。しかし、茶道具を粗末に扱った企業が炎上したところを見ると、海外の人たちは、抹茶の文化を尊重しようとする人は多いように思えた。

 

海外の人たちに、ラテやケーキなどを作るために高級抹茶を買うことは、日本ではクールだとはみなされないこと。日本人は、用途やライフスタイルに合わせて、抹茶を選んでいること。作りたいものが抹茶ラテや抹茶菓子なら、高級抹茶を買う必要はないと啓蒙していくほうが良いのだろう。タピオカミルクティーを作るのに、高級なゴールデンチップの紅茶の茶葉を買う必要はない。

あと、抹茶ラテを作りたい外国人向けに、わかりやすい「ラテ用抹茶」商品を用意しておく必要があるかもしれない。多くの外国人は、ラベルに書いてある日本語も、抹茶の用語もわからないだろう。この記事を読むと、何をどう使うのかわからないまま、高級抹茶を買っている人も多いようだ。

”I join the queue to pay for my 30g tin, not knowing exactly what I've grabbed or how much it costs. I surmise that I didn't get the more potent of matchas, as others have tins of varying shades of green. ”

(30グラムの缶入り抹茶を買う列に並んだが、何を買ったのか、値段も正確には分からなかった。他の店は緑色の缶入りのものが多かったので、濃い抹茶を買っていないのだろうと推測した。)

Who drank all the matcha? How tourism drained a Japanese town(抹茶を全部飲んだのは誰? 観光が日本の町を疲弊させた)

 

これだけ世界的に抹茶が広がってしまうと、いずれは抹茶も、茶道で使える品質ではない抹茶を「セレモニアルグレードです」と言われて混乱を招かないよう、ワインやシャンパンなどと同じように、厳格な国際基準を設けて保護する必要に迫られるようになるかもしれない。

将来的には、「セレモニアルグレード」という言葉は死語になり、ラテやベーキングには、ラテ用や料理用の抹茶が使われるのが当然になってほしい。そして、現在、海外で「culinary grade(料理用等級)」と呼ばれている粗悪な抹茶は、単に「粗悪品」と呼ばれるようになってほしい。

そして、ゆくゆくは、茶道と、抹茶の品質と用途に対する正しい認識を広めていく必要があるだろう。日本人は、いくら茶道について知らないといっても、習得するには先生について習う必要があり、人に教えるには茶道の世界で認められている必要があるということくらいは知っているが、海外の人の中には、おそらくそれも知らない人がいるのではないだろうか。

 

まとめ

  1. 海外では、実態のない「セレモニアルグレード」という言葉が使われており、「ceremonial grade(茶道用等級)」は良い、「culinary grade(料理用等級)」は不味い粗悪品だと思われ、用途に限らず、高級であればあるほど良いと思われている。日本では、高級抹茶は基本的に茶道用で、中級以下がラテや菓子に使われていることを知らない。
  2. 海外の人々の多くは、高品質の抹茶は、もともと希少で生産量が限られているということを知らない。日本人が日常的に摂取している、生産量が多い一般的な商品だと思っている。
  3. 海外では、抹茶は健康志向と結び付けられていて、スーパーフードだと言われている。日本人が健康なのは、毎日抹茶を飲んでいるからで、高品質なものほど健康に効果があると思っている。

 

それにしても、欧米で健康的な「スーパーフード」だと言われたものが、日本でも輸入されて、一部の人達の間で流行ることもあるが、自分たちがよく知っている食品が、この「スーパーフード化」の対象になってみれば、あれらは何とも馬鹿馬鹿しいことだったのだなぁと思う。

また、80年代〜90年代前半、日本の庶民が初めて経済的豊かさを体験したバブル期に、欧米のブランド物を買いまくる現象があったが、あれはもしかしたら、現地の人々にとっては、現代の抹茶爆買い現象と似たようなものだったのかもしれない。

そして、この抹茶ブームがこの先どうなるのか、わからない。ブームが去った後、海外で抹茶が定着するのか、それとも人々が新たなスーパーフードやインスタ映えに乗り換えるのか……

 

"It is much to be regretted that so much of the apparent enthusiasm for art at the present day has no foundation in real feeling. In this democratic age of ours men clamour for what is popularly considered the best, regardless of their feelings. They want the costly, not the refined; the fashionable, not the beautiful."

1906 From “The Book of Tea” by Kakuzo Okakura

「実に遺憾にたえないことには、現今美術に対する表面的の熱狂は、真の感じに根拠をおいていない。われわれのこの民本主義の時代においては、人は自己の感情には無頓着に世間から最も良いと考えられている物を得ようとかしましく騒ぐ。高雅なものではなくて、高価なものを欲し、美しいものではなくて、流行品を欲するのである」

1906年 岡倉天心茶の本』より

 

おまけ

X(Twitter)でこのことを呟いたら*2、「エクストラバージンオリーブオイルと一緒だ」と言う人が何人かいた。

炒め物にまでエキストラバージンオイル使いたくなっちゃう日本のことを笑えないな https://t.co/7KkfsWT3Rm

— スーザン小林(本物) (@SuzanneK23) 2025年8月19日

日本におけるオリーブオイルと似たような感じですかね
(エクストラバージン使ってればいい訳ではない)

— Dusk_LAV (@Dusk_LAV) 2025年8月19日

オリーブオイルはエクストラバージンに限る(用途を考えろ)の海外版か…

— caesark (@caesark) 2025年8月19日

エクストラバージンオリーブオイル、パンにつけたり、バニラアイスにかけたり、マリネとかドレッシング的に生食で使うものだと思ってたんだけど、合ってるかな?

香りに用がある時に使うものですからね
揚げ油に使うとか、スパイス等の他の香りを立てる使い方をするなら普通のオリーブオイルで十分です

— caesark (@caesark) 2025年8月26日

なるほど。

 

あと、宇治土産といえば、茶団子だよね!おばあちゃんの家に行くとたまにあるお菓子という感じの、懐かしい味。宇治に行くと、必ず買いたくなるお土産。

 

[2025.11.7 追記]

続き書きました。

yuhka-uno.hatenablog.com

 

 

 

*1:石臼挽きと機械挽きの違いは、粒子と摩擦熱である。石臼でゆっくり挽かれた抹茶のほうが、粒子が細かく滑らか。また、金属製の機械で短時間で挽いた場合、摩擦熱が発生して、温度が高くなってしまう。そうすると、茶葉の香りが飛んでしまうのだ。石臼でゆっくり挽くと、摩擦熱が抑えられるが、どうしても時間がかかるので、その分希少で高価になる。

*2:https://x.com/YuhkaUno/status/1957399870807081090

アサシンクリード・シャドウズ「神社の祭壇破壊」について〜それが何を意味するのか理解してこそ、適切に冒涜できる

何かと炎上しているアサシンクリード・シャドウズ(Assassin's Creed Shadows)が、また炎上していた。プレイヤーが神社の神鏡が置かれている祭壇を攻撃すると、祭壇を破壊できるようになっているのだ。実在する神社の名前を無断で使用していたため、その神社が制作会社のUBIsoftに対して「適切な対応」をすることになったという。

 


www.youtube.com

発端となった動画はこれのようだ。発売前のβ版をプレイする機会を得た西洋のYoutuberが、ただゲーム内で何ができるのかを試しているだけのように見える。おそらく彼は、神社にある「それ」が何を意味するものなのか、知らなかっただろう。

動画では「Itatehyozu Shrine」と表示されており、これが姫路の射楯兵主神社だということがわかる。

 

産経新聞の見出しは”仏ゲームソフト「弥助」神社の内部破壊する映像が物議 実在の神社側「しかるべき対応」”となっているが、少々誤解を招くおそれのある表現だなぁと思う。プレイヤーはたまたま弥助を使っていたのであって、もう一人の日本人主人公である「奈緒江」も、同じことができるだろうからだ。「仏ゲームソフト、プレイヤーが神社の祭壇を破壊できるシステムが物議 実在の神社側『しかるべき対応』」のほうが、良かったのではないだろうか。

まぁ、日本のゲーム会社が日本人主人公で同じことをやったとしても、神社側からお叱りを受けそうという感じはするが。

www.sankei.com

 

今までのアサシンクリードは、破壊したらアイテムを獲得できるものくらいしか破壊できなかったが、今作ではかなり色々なものをリアルに破壊できるシステムにしたようだ。UBIsoftは、その新システムを売りにしている。

おそらく、神鏡が置いてある神社の祭壇を(無意味に)破壊できる設定にしたのも、この新システムの一貫だろうと推測する。

(@アサシンクリード
ドアをまっすぐ突き抜ける準備はできていますか?新しい破壊可能な環境により、周囲のすべてを制御できるようになります。
今すぐ予約注文してください! https://ubi.li/UXhu0

 

このことについて、アサシンクリードのコミュニティでは論争が巻き起こった。ある日本人がX(Twitter)で発した言葉が大炎上したのだ。

(Shohei Kondo (@shoheikondo)

目を覚ませ、ユービーアイソフトの「擁護者」よ、我々の声を聞きなさい!実際の宗教施設を破壊するアサシン クリード ゲームとは一体何なのか?日本文化は消費されるが、尊重されない。ここに完璧な例がある。)

これに対して、彼を批判する人の多くは、「弥助の問題だろ」と解釈し(要するに、黒人差別だという意味)、これを「fake outrage(作られた憎悪)」だと言っている。どうやら、多くの西洋人が、これが彼の動画で、彼があえて弥助でプレイして祭壇を破壊したと、勘違いしたようだ。

 

この件についてUBIsoftを擁護する西洋人たちは、「祭壇は破壊できるけど、鏡は落ちただけで破壊されていない」とか、「神社で祈ることで敬意を払うことができる」などと言っている。日本の神と神社の概念を知らない人々が、神社において何が意味のある行為で何が意味のない行為なのかを独自に考案している光景は、正直、見ていて奇妙だと感じた。

彼らは「UBIsoftはあらゆる宗教を公平に扱っているだけだ」と主張する傾向があるが、一方の宗教についてはよく知っているが、もう一方の宗教についてはほぼ無知であるという状況において、公平な判断ができると思うこと自体が、そもそも無理があると思う。*1

また、寺や神社で暴れまわり、物を破壊することが批判されているのだと思ったのか、「Rise of the Ronin」などの日本製のゲームの映像を出して、「ほら、日本のゲームも同じことをやっている」と言いたげな西洋人もいるが、その映像を見ると、壺や燭台や屏風などが破壊されているだけで、仏像などは破壊できないようになっているということがわかるだけだった。

アサシン クリード ニュース ⛩️
@_L3vi3
さらに、Shadows で神殿を完了するには、指定された場所で神殿を称えるために祈る必要があります。

なぜこれが公開されず、神殿が破壊される様子がわかるクリップだけが公開されているのでしょうか?

嘘ではなく真実を広めてください! ❌
#AssassinsCreedShadows)

日本人の感覚からすると、「いやぁ、神社の御神霊があるところを攻撃して、祭壇破壊してるのに、『祈って神殿を称える』とは、どういう意味なの……?」と思うのだが……祭壇を破壊したら神殿を完了(クリア)できないようにすれば良いんじゃないかな?

 

また、この件についてUBIsoftを擁護する人たちは、過去のアサシンクリードシリーズでも、宗教を冒涜する行為があったと主張する。例えば、「アサシンクリード2」では、教皇を殴ることができたとか、「ヴァルハラ」では、ヴァイキングの主人公になって、キリスト教の教会を襲って略奪したとか…

 

私がこれらの「論争」を見て気づいたことは、創作活動において、宗教的な物は、それがその宗教において何を意味するのかを、作者がよく理解しているからこそ、適切に称賛することもできるし、適切に冒涜することもできるということだ。

(ここから先、過去作のネタバレあり)「アサシンクリード2」に登場する、主人公が殴れる教皇ロドリゴ・ボルジア(アレクサンデル6世)は、実際の歴史上でも、あまり評判のよろしくない人物だ。彼はこのゲームにおけるボス戦の相手であり、綿密な演出がなされている。

ヴァイキングの主人公になって、キリスト教の教会を襲って略奪する行為も、それが実際に歴史上起こっていた出来事だ。ゲームにおいては、教会を襲うと報酬が手に入るが、プレイヤーは襲いかかってくるキリスト教徒のNPCと戦わなければならない。

また、ゲームの進行上、巨大な十字架を倒す場面もあるが、主人公は(冗談で)「アーメン」と言っている。これもまた、作者が、キリスト教において十字架を倒す行為が何を意味するのかを理解していなければ、出てこない演出だ。

(リベズ・ウルフ 🐺
@LibezWolf
アサシン クリード シャドウズ』の監督に対する批判、中国のエロネア建築、日本における黒人関連のニュース、一時的な破壊行為、現在に至るまでの情報を含むACブラザーフッドのビデオ)

 

一方、日本が舞台の「シャドウズ」における神社の祭壇破壊は、非常に不可解だ。奈緒江も弥助も、神社の祭壇を破壊する動機がない。弥助は、信長に命令されない限り、そんなことはしないだろう。なのに、その辺のオブジェクトと同じように、無意味に破壊することができる。

そして、映像を見る限りでは、神社において非常に重要なものを攻撃しているのに、その後何も起きていないように見えるのだ。私の記憶が正しければ、古代ギリシャを舞台にした「オデッセイ」では、プレイヤーが聖域で望ましくない行動をすれば、ペナルティが発生した。主人公はお尋ね者になり、賞金稼ぎから付け狙われることになった。巨大なゼウス像の股間部分に登った時でさえ、主人公は「ここは登るべきじゃなさそうだ」と呟いていた。

 

神社に祀られている神は、大抵、その地域一帯の守り神のような役割を持っているわけで、神社の御神体がある場所を攻撃したり、祭壇を破壊しようものなら、その地域一帯の人々を敵に回してしまいかねない行為である。*2

織田信長のような強力な軍隊を持っている人なら、比叡山を焼いて地元住民の恨みを買ったとしても、軍事力で彼らを黙らせることができるかもしれないが、奈緒江や弥助がそれをやって得なことは、何一つないだろう。そして、もちろん、織田信長比叡山を焼き討ちしたのは、権力闘争によるもので、彼にとってそうする必要があったからだし、歴史上の事実だ。

 

アサシンクリード・シャドウズ」における神社での祭壇破壊行為は、まるで、UBIsoftが、それが神社において何を意味するのかを、全く理解していなかったかのような印象を受ける。一般的な外国人が、それについて知らないのは不思議ではないが、UBIsoftが知らなかったとすれば、それは彼らの不作為であることを示しているだろう。

とりわけ、アッバース朝バグダッドを舞台にした「ミラージュ」において、UBIsoftイスラム教の表現に神経を注いでいたことを考えると、「シャドウズ」における神社の扱いは、随分と杜撰に感じられる。*3

あるいは、彼らは、弥助のキャラクターを、「日本の宗教について全く無知な外国人」として設定したのだろうか?だとすれば、奈緒江は弥助とは違う行動をとるのだろうか?

 

今までのアサシンクリードシリーズのゲームシステムから考えると、神社の祭壇を破壊不可能に設定して、プレイヤーが神社の祭壇の前に来ると「これは破壊できないな」「ここには神がいる」などと呟くか、あるいは、神社の神域に入った時点で「神聖な物を破壊してはならない」と警告が表示され、もしそれを破ったら、ペナルティが発生するシステムにしておくのが、良いのではないかと思う。

ペナルティは……戦国時代の日本には、寺や神社には武装した僧兵や神人がいた。ゲーム内で、仏像や祭壇を攻撃・破壊すると、彼らが襲いかかってくる。あるいは、何かしらの神罰が下る……というのはどうだろうか?

 

まぁ、要するに、理解した上でやってる表現と、理解しないでやってしまった表現を、一緒にしたらあかんよ、ということだね。両者は、創作としてのレベルが全く違うから。

 

さて、本来、こういう問題は、日本人側が「間違えてるよー」と言えば、制作側が「ごめん、修正するわー」で済む問題である。

とりわけ、このアサシンクリードというゲームシリーズは、「歴史観光」的な側面を売りにしており、その国その時代の歴史や文化が学べるというのが、歴史好きのファン層に受けているゲームなのだ。よって、プレイヤーが、日本の神社にある「あれ」が何なのかを学べるゲームシステムになっているほうが、本来のアサシンクリードとしては楽しめるはずである。

 

ところが、どうも、西洋方面では、これで済まない話になってしまっている。

私は、最初、「外国人は、神社の鏡の意味を知らないから、あんなことを言うのだろう」と思って、彼らに説明を試みた。しかし、一向に話が通じない。

わかってきたことは、この日本の神社の祭壇の一件は、既に西洋人にとって人種の問題になってしまっているということだった。「人種差別的な白人」は、UBIsoftを批判する要素があればあるほど喜ぶ。それに対抗する側の西洋人は、UBIsoftを擁護し、UBIsoftは日本人に対して失礼なことなど全くしていないということにしたがる。そして、この件は日本人に失礼なのではないかと考えている「人種差別的な白人」ではない者も、後者から容易に「人種差別的な白人」認定されてしまう。

つまり、日本人は、まさにこの問題の当事者であるにも関わらず、西洋の人種問題に巻き込まれて、「透明化」させられてるというわけなのだ。「保守白人VSリベラル白人」の対立の中で、肝心の日本人の声が無視される構造が、既に出来上がってしまっている。……一見すると「白人VS黒人」の対立に見えるが、実際には、保守白人は東アジア人を味方につけたがり、リベラル白人は黒人を味方につけたがる構造の中で、結局、東アジア人と黒人は、両陣営からそれぞれ駒扱いされているという構造なのだろう。

ああ、これが西洋社会で言うところの「アジア人の不可視化」というやつなんだなぁ、と思った次第である。

 

まぁ、それでも、実在の神社の名前を無許可で使った件に関しては、別問題だが。*4これについては、UBIsoftは、アメリカのフェアユースの考え方が、世界共通の考え方だと勘違いしたのではないだろうか?

 

ちなみに、東大寺は弥助が来日する十数年前の1567年に松永久秀三好三人衆の戦いによって主要堂塔が焼失しており、ゲームの舞台となった時代にはまだ、再建されていない。

『アサシンクリードシャドウズ』神社の内部破壊する映像が物議 実在の神社側「しかるべき対応」 | JAPAN Forward

アサシンクリードシリーズでは、その時代には存在しなかった建造物でも、「かっこいいから」という理由で存在していることがよくある。今作の「シャドウズ」では、江戸時代中期に再建された、現代の東大寺が登場するようだ。

私個人の考えとしては、戦国時代に大仏殿と回廊が焼失して、首のない大仏だけがそこにある状態の東大寺を再現し、プレイヤーがそこに行った時に「なんて悲惨な光景なんだ…」などと言わせたほうが、宗教を象徴するものの破壊によって、戦の悲惨さというメッセージ性を込めることができたのではないかと思う。何世代にも渡って人の手で守られてきた貴重な文化財が、戦争や内戦によって一瞬で失われてしまうのは、今も昔も変わらない。

 

[追記:2025年3月5日]

―時系列―

1月の終わり、Skathaという海外Youtuberが、発端となった動画を公開する。*5

2月1日、X(Twitter)で、この記事内でも取り上げたShohei Kondo (@shoheikondo)という日本人の発言が炎上する。*6これを「fake outrage(作られた憎悪)」と言う西洋人が出てくる。

2月12日、X(Twitter)で、Grummz(@Grummz)が「The Itate Hyozu Jinja shrine in Japan has filed a formal request to Ubisoft, asking them to remove the entire religious site from Assassin's Creed Shadows.(日本の射楯兵主神社は、Ubisoft に正式な要請を提出し、アサシンクリード・シャドウズから宗教施設全体を削除するよう求めました。)」と発言。*7これは現在のところ、事実かどうか確認できていない。

2月20日産経新聞が紙面で取り上げる。紙面には「同神社の担当者に、事前にUBIから使用に関する連絡があったかを尋ねたところ、「なかった。もしあればお断りしていた」と不快感を示した。「しかるべき対応」の詳細についてはノーコメントとしたが、ゲームからの削除を求めている可能性がある。SNSで対応に乗り出したという噂が出ている神社本庁の担当者はこれを否定した。」と記載されている。*8

2月末、Youtubeで、射楯兵主神社宮司が地元議員のインタビューに答える。*9

 

[追記:2025年3月19日]

3月19日、国会質疑で取り上げられる。兵庫県選挙区の加田裕之参議院議員が、経済産業省大串正樹副大臣と石破総理大臣に質問。 *10

3月19日、UBIsoftが、発売日パッチで、神社の神棚を破壊不可能にするなどの措置をとる。 ”同パッチでの変更点が2点明かされており、「武器を持っていないNPCを攻撃した場合流血表現が無くなり、寺院や神社においての余計な流血表現が減る」「寺院や神社に置かれているテーブルや棚は破壊が不可能となる」とのこと。”*11

 

[追記:2025年4月3日]

4月3日、産経新聞の紙面が、射楯兵主神社が3月10日にUbisoft宛に抗議文を送っていたことを報じる。射楯兵主神社兵庫県神社庁による抗議文の日本語の全文を掲載。*12

 

 

 

 

 

 

*1:"The franchise has so far treated every culture with respect. To say that Japanese culture is the only one where a line should be drawn and certain things should be removed from the game would be completely disrespectful to other cultures.(このシリーズはこれまで、あらゆる文化を尊重してきました。日本の文化だけは線引きされるべきであり、ゲームから特定のものを排除すべきだと言うのは、他の文化に対して完全に無礼な行為です。)" https://x.com/_L3vi3/status/1885992016367992851

*2:「ゴトゴト石」の事件で、こういう話題あったよねぇ…→ しめ縄してある石に悪戯をした彼ら、警察沙汰にしてもらえる時代で命拾いしたなと思う「警察?そんなん言わへんよ。警察に言うたら逮捕されて、それで終わりやがな」 - Togetter [トゥギャッター]

*3:”As a Muslim, none of us had any issues with Assassin's creed Mirage in fact the game respected our culture. (イスラム教徒として、アサシン クリード ミラージュに問題を感じた人は誰もいません。実際、このゲームは私たちの文化を尊重していました。)”https://www.reddit.com/r/AssassinsCreedShadows/comments/1itwsyh/japanese_officials_taking_appropriate_action/

*4:射楯兵主神社宮司が、この件について不快に感じているというのは、本当のことのようだ。→https://www.youtube.com/watch?v=3NDFvmtp1D8

*5:https://www.youtube.com/watch?v=mTrofgPQM8M

*6:https://x.com/shoheikondo/status/1885391745854173688

*7:https://x.com/Grummz/status/1889541989240328680

*8:https://www.sankei.com/article/20250220-PF3AE6LOHRA6DGWT3APVNP6GLI/

*9:https://www.youtube.com/watch?v=3NDFvmtp1D8

*10:20日発売「弥助」が国会質疑に 仏ゲームの神社内部破壊映像巡り 首相「文化に尊敬を」 - 産経ニュース

*11:『アサシン クリード シャドウズ』発売日パッチで「神社の棚」など破壊不可能に。民間人の流血も撤廃、物議を醸した“暴虐プレイ”への対策か - AUTOMATON

*12:

「不敬極まりない行動、設定」神社側が「弥助」ゲーム映像で抗議文 仏社は回答せず発売 - 産経ニュース

ダサピンク現象から10年~紳士はハートネックレスがお好き

私がダサピンク現象についてブログに書いてから、今年で10年になる。正確には、Twitterで呟いたのが2013年だったから、11年なのだろうか?ともかく、今でもこの言葉は死語にならず、まだまだ使われているようだ。

 

yuhka-uno-no-nikki.hatenadiary.jp

 

残念な結果になった東京オリンピック開閉会式

近年起こった出来事で印象的だったのは、東京オリンピックの開閉会式だ。「プロ」の人たちが締め出され、素人である「偉い人たち」の口出しによって、全体的にしょぼくなってしまった出来事は、ダサピンク現象が起こる仕組みそのものだった。おそらく、パラリンピック開閉会式のほうがずっと良かったのは、「偉い人たち」が、障害者パフォーマーのことを知らなかったので、口出しがなかったからだろうと考えているのは、私だけではないはずだ。

今でも、リオ五輪の引継ぎ式と、パラリンピック開会式はわりと思い出せるのだが、オリンピック開会式は、森山未來五体投地くらいしか印象に残るものがなかった。良いものができるかどうかは、クライアントの判断能力しだいなのだということが、ありありとわかる仕上がりだった。

資金の「中抜き」問題といい、まるで、日本の社会問題の縮図を見せられているような開閉会式だったので、ある意味、非常に「今の日本」を表していたと言えるかもしれない。

bunshun.jp

 

bunshun.jp

 

”企業のグッズとかデザインが微妙なものに「これ消費者が喜んで買うと思うのか、デザイナーは無能か」と感じるものが多かったけど、いざ自分がそういう職に就いたら「なるほどデザイナーがダメなんじゃない…企業の偉い人の"こういうのを作りたい"にセンスがないんだ…」という事に気づいてしまって闇”

企業グッズとかの微妙なデザインに「これ消費者が喜んで買うと思うのか…デザイナーは無能か」と思っていたが戦犯は企業の偉い人だった - Togetter [トゥギャッター]

 

”最初に日系の広告代理店系の仕事をした時に驚いたのは

  • そもそも最初にコンセプトの話をしない。
  • デザイナーを下請けとみていて「自分のいうことを聞いてくれる人なのか」という上下関係を異常に気にする。
  • 途中経過でなにかの書類にサインをすることを嫌がる。なぜ下請けがクライアントの意思決定を限定するのか?と怒り出す人や意思決定するためには材料が足りないという人がいます。

という点でした。広告代理店の人もそうですしクライアントにもそういう人がいます。”

日本人は、欧米と異なりデザイナーのデザイン領域まで素人が平気で修正指示を出してしまいますが、どうしたら欧米のようにデザインは専門職の領域なので細かいところは任せるという意識に変えられるでしょうか? - Quora

 

 

欧米に比べて、日本はデザイナーの地位が低い。欧米では、デザイナーは専門職とみなされ、デザインの良さが売り上げに直結することがよく知られている。おそらく、欧米諸国は、「ものづくりの時代」はとうに終わり、第三次産業中心の国になって長いからだろう。

「ものづくりの時代」を生きてきた日本の上の世代の人たちは、デザインの重要性をあまり理解していない人が多いように思える。よって、クリエイティブな分野に対する「発注リテラシー」がない人が多いのではないだろうか。加えて、この世代の人たちは、概して、自分より上の立場の人の言うことを聞く訓練は受けているが、自分より下の立場の人の言うことを聞く訓練は全く受けていない。

日本のデザイナーや広告業界の人たちは、残業して長時間働いている傾向がある。ならば、日本のデザインや広告は、海外の5時になったら帰るクリエイティブ職の人たちよりも、頭一つ分飛び抜けて優れているのだろうか?しかし、実際はそういうわけではない。これは何が原因なのだろうか?

 

4℃(ヨンドシー)ハートネックレス問題

また、「ダサい」と論争になりがちなジュエリーブランド・4℃(ヨンドシー)が、実はずっと女性客より男性客のほうが多いブランドで、近年になって女性向けに舵を取ったリブランディングにより、初めて女性客が男性客を上回ったことも、ある意味象徴的な出来事だった。

これについては記事を書いてまとめたので、詳しい内容はこちらをお読みください。

yuhka-uno.hatenablog.com

 

このTweetから始まった話題も、かなり注目されていた。

togetter.com

 

この「話を聞かない」については、色々な理由が考えられるが、こういう書き込みを見つけた。

”クリスマスになると女性陣からこきおろされるジュエリーブランドで働いてました。
男性はジュエリーデザインのことはよく知らないので、買いにくる男性に「彼女は普段どんな服装ですか?どんな雰囲気のものが似合いそうですか?どんな印象の人ですか?」みたいに、贈る相手のことを想像させます。
すると十中八九「可愛い服で、可愛い子だから可愛いものが似合います!可愛い=ハート!あ、これはハートで限定品なんですね。これにします」となります。
彼女が可愛いから可愛いハートを選んでるんですよ。”

なぜ男性はプレゼントでハート型のネックレスを選ぶのでしょうか? - ハー... - Yahoo!知恵袋

……うん、これはどうやら、店員さんの質問の意図を全く理解していないな。

店員さんは、彼女の普段のファッションの傾向や顔立ちの系統を聞いて、できるだけ彼女に似合うものを選んであげようとしているんだけど、この質問は、「ファッションレベル1」の人にとっては、専門用語なのかもしれない。

フルーツバスケット」という漫画の一場面を思い出してしまった。幼い娘が行方不明になった時、警察に娘の特徴を聞かれた母親の今日子の答え。「だから!かわいいボンボンつけてかわいい服着てかわいい声でかわいい顔したかわいい女の子だよ!わかったか!」「わかりません。」

 

ダサピンク現象を提唱した経験から言うと、少なくない男性から「お前がピンク嫌いなだけだろう」って言われるんですよね。ある種の男性は、「男性の頭の中に存在する架空の女性」を大多数の女性だと思い込み、それに異を唱える女性を「少数派の特殊な女性」と認識して、絶対に譲らない。「話を聞かない」には、そういう思考回路が働いている可能性もあるのかな。

例えば、ドラゴン自体が嫌いな男性は少ないけど、「そういうドラゴンが全面にプリントされているようなネクタイは売れないぞ」と言ったら、「あんたがドラゴン嫌いなだけでしょ」って言われて、ドラゴン嫌いな男がドラゴン好きな男を攻撃してると思われるみたいな、そんな感じになってしまう。すごくおかしいけど、どうやら彼らは本気なのだ。

 

「女性はデザインで判断している」ということ自体がわからない?

news.yahoo.co.jp

さて、最近書かれた記事だが、これもイマイチ的を外しているように思った。

” もともと、4℃はこれまで決してイメージの悪いブランドではなく、現在でもそうであると思う。むしろ、「価格の割に品質が高く、デザインも良い」という良いイメージのほうが強かった。

 それが「価格が高くない」=「安っぽい」「学生でも買える」=「大人には向かない」というふうに文脈が変換され、SNSで流通してしまっているのだ。”

確かに、4℃は2000年代頃には「価格の割に品質が高く、デザインも良い」と評価され、勢いがあったようだが、その後は徐々に流行の変化から取り残され、2020年の時点では、ブライダルラインはともかく、一般ジュエリーのほうは、概ね女性からは「価格の割に品質は良いが、デザインは流行遅れ」という評価だったと思う。確かに使えるデザインのものもあるのだが、全体的に現代女性に刺さる商品が少なく、他の国産ジュエリーブランドと比較しても、4℃のデザインが良いとは言えない、という感じだった。

ただ、女性にプレゼントを買う男性たちには選ばれていたので、主に男性客に買い支えられていたということだろう。2019年2月期の売上比率は、女性25.4%/男性46.3%/カップル27.5%である*1

この記事を書いた人は1971年生まれの男性とのことだが、もしかして、4℃は、その世代の男性たちにとっては、ずっと「価格の割に品質が高く、デザインも良い」というイメージだったのだろうか?

 

” 1980年代後半頃から、ジュエリーのギフト需要の高まりとともに、4℃は男性客を取り込む戦略を取ってきた。その「プレゼント用のラインナップなのに価格は高くない」という点が裏目に出てしまったようにも見える。

 ブランド価値は、品質よりはイメージによって形成されるものだ。特に、プレゼントは「値打ちがあるものをもらった」ということが重要になるため、コストパフォーマンスのよい4℃のような商品は、必ずしもその価値が評価されるとは限らない。

 いっそ、価格を上げてハイブランドとしてのポジションを獲得することを狙えばよいと思ったりもするのだが、価格を上げることはそう容易なことではない。特に、日本では「高級ブランドは海外ブランド」というイメージが強く、特にファッションやジュエリーでのハイブランド戦略はなかなか成功しないというのが実態だ。”

4℃に関しては、2023年の匿名宝飾店より以前と以後では、推し出している商品デザインが明確に女性向けに変化していることを抜きにして語ることはできないと思う。それに女性たちが反応して、女性客の売り上げが上がったのだろう。

前回記事を書いていた時も思ったが、デザインの判断軸がないと、価格やブランドイメージでしか判断できない。多くの男性は、女性のファッションなんてわからないから、価格やブランドイメージで判断するしかない。だからこそ、2020年の、30歳女性がCanal 4℃のハートネックレスをプレゼントされた件での炎上以前と以後で、男性客の売り上げが大きく落ちてしまったのだろう。

 

4℃について、多くの女性が判断軸にしていたのは、デザインだ。身につけるものに関しては、デザインは最優先事項と言っても良い。どんなに品質が良くても、自分の日頃のファッションに組み込めないデザインは、使えないのだ。

「プレゼントは『値打ちがあるものをもらった』ということが重要になるため」と書いてあるが、4℃ハートネックレスが多くの女性から敬遠されるのは、「使えないものをもらった」からだろう。まぁ、実用性も値打ちのうちではあるが。

 

”日本では「高級ブランドは海外ブランド」というイメージが強く~”という部分に関しても、どうなんだろうと思う。agete(アガット)、ete(エテ)、AHKAH(アーカー)、MARIHA(マリハ)などの国産ブランドは、実際に女性に人気があるし、プレゼントされたら嬉しいという女性も多いのだから。


コストパフォーマンスの良さは、悪い要素ではないと思う。例えば、ユニクロも、かつては「ユニバレ」と言われて、「ユニクロだとバレたら恥ずかしい」「価格に対して品質は良いけど、デザインがイマイチ」という評価だったが、デザイン性を高めたことで、「ユニバレ」と言われなくなった。これについては過去に記事を書いている。4℃も、「ジュエリー界のユニクロ/GU」みたいな位置を取れたら、強いかもしれない。

yuhka-uno.hatenablog.com

 

以前のデザインのまま価格を上げたところで、女性は欲しがらないと思う。かえって、プレゼントしてくれた男性に対して、「ああ、そんな高いのに使えないもの買っちゃって……」と思うだけだろう。とにかく、以前の4℃に足りなかった要素は、女性に刺さるデザインだ。

例えば、ゲーマーは「ゲームとして面白いかどうか」の判断軸を持っている。「これは面白い」「これはつまらない」「これは自分向きではないけど、人気があるのはわかる」など。大手ゲーム会社のAAAタイトルだからといって、コケる時もあるし、インディーズゲームでも面白いものはある。でも、ゲームをやらない人は、そこの感覚はわからないよね。デザインを判断する感覚も、似たようなものかも。

 

2021年のTweet。まぁ、大多数の大人女性は選ばないデザインですね……

例えば、AHKAH(アーカー)のローラハートネックレス。こういう、非常に小ぶりでシンプルデザインなハートネックレスなら、受け入れやすい女性は多いと思う。様々な服装に合わせやすいし、オフィスでも使えそう。ただ、もっと言うと、「そもそも、自分にとってハート型のネックレスは必要か?」という判断基準もあるけどね。

ete(エテ)のレイヤー クレセントムーン ネックレス。4℃ハートネックレスと同価格帯ながら、大人女性が身につけて遜色ないデザイン。

 

2020年の、30歳女性がCanal 4℃のハートネックレスをプレゼントされた件では、多くの男性が「ハイブランド好きな女が、もっと高いものを寄越せと言っている」と解釈して、「女叩き」状態になっていた。

薄々思ってはいたが、もしかして、デザインがわからないと、「女性はデザインで判断している」ということ自体が、わからないのかも?

 

「王道」の女って何だ?

toianna.hatenablog.com

はてなで4℃といえば、こちらの記事という気がする。2016年に書かれた時には批判を浴び、例の30歳女性がCanal 4℃のハートネックレスをプレゼントされた2020年に再掲された時は、それほど批判を浴びていない。2024年の今、読み返すと、また違った印象を受けるのだろうか?

 

2016年は、「ノームコア」という「究極の普通」を体現したファッションが流行っていた時くらいだ。最初に「量産型女子大生」と言われた、茶色く染めた髪をふんわりと巻いて、リズリサのワンピースを着て、サマンサタバサのバッグを持っているガーリーな女子大生の時代は、2013〜2014年頃をピークに過ぎ去っており、スポーティーな恰好や大人系の恰好が女子大生のファッションになっていたという。この時代だと、確かに、4℃名物ラブリー乙女チックハートネックレスが、既に「ダサい」と認識される時代になっていたとしても、おかしくない気はする。

appmarketinglabo.net

 

トイアンナ氏の記事では、何度も「王道」という言葉が出てくる。

”何歳になっても4℃で心から喜べる女性はチョロいかもしれない。王道ファッションを好むと分かっているからだ。リッツ・カールトン、ディズニーランド、パリ旅行と喜びそうなものが想像できる。従って男性がプレゼントを考える時間も少なくてすむ。どれもお金さえ払えば手に入るから、彼女の笑顔をたやすく手に入れられる。”

4℃で喜ぶ女はチョロいのか - トイアンナのぐだぐだ

それにしても、「王道」とは何だろうか?確かに、4℃は、長らく男性にとって、女性に贈るジュエリーのブランドとしての王道だったかもしれない。だが、女性にとっては、実はかなり以前から王道ではなくなっていたのではないだろうか。今後、4℃が再び女性にとっての王道になる時が来るかもしれないが、今の時点では、王道とは言えない気がする。

また、昨今はパリ旅行も最早王道ではないかもしれない。最近の女性たちが行きたがるのは、韓国が主流かもしれない。*2

もし女性の「王道」というのが、「男性の頭の中に存在する架空の女性」に合致する女性のことならば、それはあまりにも男性目線なのではないだろうか。女性目線で見た「女性の大多数はだいたいこんな感じ」を「王道」にしてもいいような気がする。

 

たとえ好みが「王道」でなくても、「予算言ってくれればこっちで考えるよ」という女性は、相手の男性はプレゼントを考える必要もなく、彼女の笑顔を手に入れられるから、チョロいと思う。ただし、こういうタイプの女性は、「女の子ってこういうの好きなんでしょ?」系の男性とは、抜群に相性が悪い。ちゃんと相手の好みに耳を傾けられる男性と付き合う必要がある。

 

ダサピンクが生み出される発想は、女児の発想とほぼ同じ?

前々から、ダサピンクなデザインは「女児っぽい」と言われてきた。「どうも上司は女児と女性の区別がついていないのでは…」というコメントを頂戴したこともある。*3これは、ダサピンクが生み出される発想が、女児の発想とほぼ同じだからではないだろうか?

ごく幼い女児は、ピンクやハートやレースやフリルなど、「女の子向け」とされているものが大好きな子が多い。これは、子どもが「自分は〇〇」というアイデンティティを獲得していく過程で、まず性別が最もわかりやすいものだからだという。

しかし、成長するにつれて、女の子の好みは変化してくる。小学校高学年になると、「ピンクは幼い」という感じがして、大人っぽい白黒のモノトーンを好むようになる女子が増えてくる。

 

 カラー&イメージコンサルタントの花岡ふみよさんによると、平均的な幼少期の女の子は「かわいく女の子らしい」ピンクを選ぶ傾向があることは確か。「女の子はピンク系、男の子はブルー系という大人の既成概念でカラー展開されている子供服やおもちゃなどを見て『私は女の子だからピンク』という意識が働いているものと思われます」。

 しかし、成長して「自我」が目覚めてくるに従い「みんなとは違う色がいい」との意識が芽生え、水色などを選ぶようになると考えられるとのこと。さらに中学生の頃になると「大人っぽいもの」への憧れからモノトーンが増えてくるといいます。

「女の子の服選びには『ピンク期』と『水色期』がある」投稿に共感の声、その後は「モノトーン期」? | オトナンサー

次に、女子の好きな色を学年別にみてみよう(図H-4参照)。特徴的だったのは、以下の3色である。「ピンク」は、学年が上がるにしたがって、好きな者の割合が急激に減る(「ピンク」1年:62.1%→6年:38.8%)。反対に、「黒」と「白」は、好きな者の割合が増えるということである(「黒」1年:5.8%→6年:16.5%、「白」1年:1.0%→6年:13.6%)。高学年の女子に「ピンク」が不人気なのは、彼女たちが「ピンク」を幼い色と捉えているからなのかもしれない。学年によって、好きな色が変化する部分があることがうかがえる。

女子は「水色」と「ピンク」が好き

 

ただ、大人になると、一周回ってピンクも良いと感じる女性が増えてくる。それは、ピンクという甘い感じがする色も、デザイン次第で子供っぽくならないようにできることに気づくからだ。また、好きな「カラー」より、好きな「テイスト」に比重を置く傾向が強くなる人が多いため、単に「好きな色は?」と聞かれて答える色と、実際に使う色が、一致していないことも多くなる。

ダサピンク現象を観察していると、多くの男性には、この「一周回って、子供っぽくないデザインにすれば、ピンクは大人女性にも使える」という感覚がないのだろうと思う。なので、「女性=ピンク・かわいい」を何のひねりもなく使って、結果、女児向けピンクデザインになってしまうのかもしれない。

 

女児「ピンクは女の子の色!ピンクかわいい!ハートかわいい!レースかわいい!だからピンクのやつにする!」

男性「ピンクは女の子の色!ピンクかわいい!ハートかわいい!レースかわいい!だから女性用はピンクのやつにする!」

大人の女性「仕事では、『かわいい』よりも、プロフェッショナルに見えるかどうかが大事」「子どもっぽいのは嫌」「流行遅れなのは嫌」「私はナチュラル系が好き」「私はモード系が好き」「私はエレガント系が好き」「私はアンティーク系が好き」……

 

一方、女性が「大人の男性向け」のものを考える時、ごく幼い男児が好むようなデザインにしてしまうことは、まずないだろう。このTweetだって、「普通、大人の男性にこんなものプレゼントしないでしょ」という前提があるから言えることだ。この非対称性は、一体どこから来ているのだろうか?

これは「魔界のドラゴン夜光剣」というそうだ。

 

ちなみに、女児向けアクセサリーで有名なセボンスターが、2024年で45周年を迎えたとのこと。

prtimes.jp

 

ダサピンク現象について言及されている書籍

ここに載っていないものがあったら、ぜひ教えて下さい。

女の子は本当にピンクが好きなのか(著:堀越英美

このブログの記事”「ダサピンク現象」から5年~『女の子は本当にピンクが好きなのか』より”でも紹介しているが、堀越氏は、本の冒頭で、ジェンダーを意識せずに育てたつもりの娘さんが、3歳でピンク星人になってしまったことを述べ、ピンクとジェンダーの関わりについて、欧米と日本の事例から解き明かしていく。

「ピンク=女子」は欧米発祥なのだが、その意識が社会に根付いたのは、意外とさほど古くない。日本では「ピンク=女子」より「ピンク=エロ」のほうが歴史が長い。

 

もっとオシャレな人って思われたい!(著:峰なゆか

主に、生理用品のパッケージ等のデザインについて言及する際に、「ダサピンク現象」が使われている。

生理用品といえば、私が以前から思っているのは、香りつきパンティーライナー。一時期よりはマシになったけど、やたら「女の子!」って感じでキラキラしてる商品が多いと思う。そんなに香りやパッケージデザインに拘るなら、フレグランスソープのパッケージみたいな感じにしてくれ!

峰なゆか氏は、ダサピンクデザインは男性向け風俗のデザインに似ているという。

 

ぜんぶ運命だったんかい――おじさん社会と女子の一生(著:笛美)

著者は広告企業で働いていた女性なのだが、ダサピンク現象が起こる現場について、すごく生々しい描写がある。

下のサイトで試し読みできる。

www.akishobo.com

「女の子案件」(若い女性向け広告、という意味だろう)としてメンバーに呼ばれているのに、若い女性が言うより、先輩男性が言ったほうが聞いてもらいやすい。だから、あらかじめ男性のクリエイティブ・ディレクターに、「女性はこう考えますよ」と根回ししておくという。若い女性向けの広告を作っているのに、なぜ、当の若い女性の言うことに耳を傾けられないのか?と思うのだが、残念ながら、これはすごく想像がつく光景だ。

若い女性クリエイター」として仕事に呼ばれているのに、結局は男性が妄想する「女の子が好きそうな企画」になってしまう。一体、何のためにメンバーに呼ばれているのか……?

 

わたし、いい人やめました(著:カマンベール☆はる坊)

明確に「ダサピンク現象」という言葉は出てこないけど、ダサピンク現象そのもののエピソードが登場する。

「働くクール女子」向けの商品企画で、アンケートや売り上げデータでも「青」「モノトーン」がウケていると出ているのに、クライアント先営業部長のおじさんが「なんで『ピンク』や『ハート』がないんだ!!」「女性は『カワイイ』が好きだろ!!」と言って、全く話を聞かない。

著者たちが、なんとか「ピンク×ハート」でもクールめなデザインにしようとするも、「ピンク×ハート×カワイイ」デザインに拘るおじさん。結局、そのデザインだけ売れてないのに、第二弾でもまた乙女デザインを加えろというおじさん……

 

Numero TOKYO 2022年9月号

「ダサピンク現象」については、内容的には下のサイトのものと同じ。漫画家の瀧波ユカリさんのイラスト入りで紹介されている。

”女性向け商品が残念なデザインになる謎
女性は「ピンクが好き」「かわいいのが好き」「恋愛要素が入ってるのが好き」という固定概念から、女性をターゲットにしたプロダクトが、当の女性消費者にとっては手に取りたくない、微妙なデザインになる現象のこと。2013年に宇野ゆうかが提唱し、14〜15年にかけてネット上で議論を巻き起こした。女性向けコンテンツにピンクやハートが多用される現状に一石を投じるきっかけになった。「ピンク=ダサい」という意味ではない。”

漫画家・瀧波ユカリと紐解く!ややこしい「ピンク」な言葉 | Numero TOKYO

 

女の子が死にたくなる前に見ておくべきサバイバルのためのガールズ洋画100選(著:北村紗衣)

”「キューティ・ブロンド」ダサピンクを脱する映画の、ダサピンクになってしまった日本語タイトル”

キューティ・ブロンド」の原題は「Legally Blonde」だ。

私の中では、なんとなく「紳士は金髪がお好き」と「キューティ・ブロンド」がセットみたいになっている。どちらも、欧米における「おバカなブロンドの女の子」というステレオタイプを扱っているし、どちらの女性もピンクのドレスを着ているから。

紳士は金髪がお好き」は、マリリン・モンロー演じる、結婚相手は金持ちであることが重要だと考えている、おバカでお気楽なローレライと、ジェーン・ラッセル演じる、姉御肌でイケメン好きなドロシーのコンビの物語。最後のほうのセリフで「えっ⁉」と思わされる。ある意味、「男性の頭の中に存在する架空の女性像」の物語だ。

natalie.mu

 

紳士は金髪がお好き」の象徴的なシーン。マリリン・モンローが「Diamonds Are a Girl's Best Friend(ダイヤモンドは女性の親友)」を歌うシーンの、有名なピンクのドレス。

Pink dress of Marilyn Monroe - Wikipedia


www.youtube.com

 

 

 

 

4℃(ヨンドシー)ハートネックレス炎上を振り返る~男性向けブランドから女性向けブランドへ

クリスマスの風物詩とも言われるジュエリーブランド4℃(ヨンドシー)の話題。前々から「男性が贈って、女性が嬉しくない」ハートネックレスが話題ではあったが、決定的だったのが、2020年に、友人関係の男性からCanal 4℃のハートネックレスを贈られた30歳女性が、Twitterで呟いた一件だっただろう。これは激しく炎上したので、当時、私も興味を持って記事を書いた。

yuhka-uno.hatenablog.com

 

今回、私が再び4℃について記事を書こうと思ったのは、4℃がマイナスイメージを払拭するべくリブランディングに挑んでいることと、この動画を見たからだ。おそらく、2023年、4℃が原宿にポップアップストア「匿名宝飾店」を出した時期のものだと思う。

特に10:35から見て欲しい。


www.youtube.com

これは鋭いと思った。いや女性だと「こういうことなんだろうな」と思ってる人は珍しくないだろうけど、男性でここに辿り着ける人は珍しい。まぁ、この方は企業コンサルタントだから、それが仕事なのだろうけど。

 

炎上のおさらい

件の30歳女性がプレゼントされたのは、Canal 4℃のハートネックレス。Canal 4℃は、4℃の妹ブランド的な位置づけで、10代~20代前半がターゲット層だ。「飲み誘われたら行くくらいの友人」の男性から、オルゴールの箱つきでプレゼントされたとのこと。

実は、私は当時Canal 4℃というブランドラインを知らなかったのだが、そんな私でも、一目見て「あー……これは大多数の30歳女性には好まれないデザインや……」と思ってしまった。

そもそも、彼氏彼女の間柄ではないのだから、アクセサリーはむしろ贈らないほうが良いだろう。百貨店のプチギフトコーナーにある2000~3000円くらいの品物でも良かったかもしれない。友人関係のアラサー女性へのプレゼントには、ティファニーよりティファールだ。*1

 

当時ついていたレス。

 

当時の炎上は、こういった詳細な部分が省かれて、「男から4℃のネックレスを贈られた女がSNSに晒して炎上したらしい」みたいな、非常にざっくりとした認識で人々に記憶されることになっていった。この一件は、ひろゆきが言及したことによって、一気に広まった面があったと思う。

getnews.jp

 

ちなみに、贈った男性は現在結婚していて、贈られた女性とは今でも友人関係が続いているとのこと。

 

4℃はどういうブランドだったのか?

私は4℃の全盛期を知らない。私の4℃の端的なイメージは「ダサいと評判のハートネックレスが有名なブランド」だった。一般的には、「一昔前のブランド」「大学生男子が彼女にプレゼントするためにバイト頑張って買う」というイメージで語られることが多いようだ。

 

4℃は、1972年原宿でデビューした。当初は女性が自分のために買うジュエリーだったが、バブル期に、男性が女性にジュエリーをプレゼントする文化が広まって、4℃もギフト用に購入する男性客向けに、売り上げを伸ばしていったという。かつては若い世代に支持されていて、「安くて品質が高くて、かわいい」というイメージで、バブル崩壊後から10年を過ぎた頃も、若者から人気だったという。バブル期から、エビちゃんもえちゃんの愛されOLの時代くらいを上げている人が多かった。*2*3*4

 

”「4℃(ヨンドシー)」とは、日本のジュエリーブランドです。4℃について50代後半の親戚に話を聞いてみると、昔はみんな4℃を持っていた!というほどの人気があったそう。

ところが最近、主にSNSなどで若者世代の「4℃はダサい」という意見を聞きます。

一見、4℃はティファニーやスワロフスキーなど、他のジュエリーブランドと大差がないようにも見えますが…”

 

"今回はインターネット上や大学などで度々耳にする、この「4°Cダサい説」について考えてみたいと思います。"

 

4°C(ヨンドシー )って、何でダサいと言われているの? | 056号室

炎上の前年の2019年に書かれた記事。記事の内容によると、当時は大学生女子の間でも、「4℃=微妙なブランド」という共通認識があったことが伺える。

 

2021年のTweet。流行が一巡したら、またこういうのが流行るようになるのかな……?

 

4℃にも、一粒ダイヤネックレスのような、女性が必要とするシンプルデザインのものもある。ただ、他のジュエリーブランドには、女性たちから「このブランドのこれ良いよね!」と支持されるような商品があって、そのブランドの象徴みたいになっていたりするものだが、4℃の場合、かわいらしすぎるハートネックレスが、このブランドの象徴になっていた。

実際、実感としても、炎上当時の4℃の商品ラインナップは、いまいち現代の女性に刺さるデザインが少ないという印象だった。

 

ちなみに、4℃は、「匿名宝飾店」にこの種のハートネックレスは出さなかったそうだ。

 

例の炎上前後で、4℃に何が起こっていたのか?

改めて調べてみたが、これまでの4℃は、女性客より男性客のほうが多いジュエリーブランドだったそうだ。

炎上以前、2019年2月期の売上比率は、女性25.4%/男性46.3%/カップル27.5%*5

炎上以後、2022年2月期の売上比率は、女性31.7%/男性38.9%/カップル29.3%*6

炎上以前は、男性客が女性客の倍近くだ。ある意味、4℃は男性向けブランドだったと言えるだろう。

 

例の炎上以前から、ある程度ファッションやジュエリーに興味がある女性たちからは、「4℃のハートネックレスを贈られたけど、嬉しくない」というシチュエーションは、あるあるな話になってしまっていた。*7また、ある種のネット民にとっては、「クリスマス後のメルカリでよく出品されているブランド」として、毎年の風物詩になっていた。*8*9*10そして、それは4℃側も把握していたようだ。

こうした状況に 4℃ 側が特に危機感を抱いたのが 「15年のクリスマス」 (瀧口社長 (引用者注: ヨンドシーホールディングス傘下でジュエリー事業を手掛けるエフ・ディ・シィ・プロダクツの瀧口昭弘社長) ) だ。男性から贈られた 4℃ のジュエリーを、女性たちが使わないままフリマアプリに続々と出品。SNS でネタにされていた。「これまでのやり方が間違っていたと気付かされた」 

4℃、もうギフトに頼らない 女性の購入、男性逆転へ - 日本経済新聞

これらの女性たちにとっては、あの炎上は、既に前々からSNS上で言われていて、今さらな話題で、「ああ、またか」という感じだったと思う。

 

ただ、今から思えば、あの炎上はこれまでとは違った。2020年の炎上は、女性のファッションやジュエリーに詳しくない層の人たち……つまり、これまで4℃の主要客であった男性たちにまで、届いて広まってしまったのだろう。現に、炎上前と炎上後で、売上高が明らかに落ちているし、Googleの検索ボリュームでも影響が見てとれるのだ。

 

実際には、4℃には女性にプレゼントしても良いようなデザインもあるにはあったし、婚約指輪や結婚指輪を扱う、ちゃんとしたブライダルラインもある。価格の割に品質は良いフェアなブランドなのだが、いかんせん、「男性が贈って、女性が嬉しくない」ハートネックレスが象徴的すぎた。

 

女性のファッションやジュエリーにリテラシーがある人たちにとっては、4℃の印象は、炎上前と炎上後で変わらなかったと思う。問題は、女性のファッションやジュエリーに詳しくない層の人……主に男性たちだった。炎上をきっかけに、これまで4℃の主要な客層であった男性たちにまで、「4℃ってダサいらしい」「プレゼントしても喜ばれないらしい」という認識が広まってしまったのではないだろうか。

 

2023年、4℃は、ブランド名を出さないで、ポップアップストア「匿名宝飾店」を実行した。また、男女が対象のユニセックスな「4℃HOMME+(ヨンドシーオムプラス)」や、石の自然美を生かした「KAKERA(カケラ)」などの新しいブランドラインを出した。

明確に女性向けに舵を取ったリブランディングによって、2024年2月期に、初めて女性客が男性客を上回ったとのこと。実際、今の4℃が押し出しているイメージや商品ラインナップは、明らかに以前とは違っている。

 

www.nikkei.com

 

 

以前から危機感を持っていた4℃も、例の炎上で、本格的にギフト用中心から女性が自分で買うブランドに方針転換することを決意したのかもしれない。

結局のところ、男性客に向けて売っていたものは、女性たちの「貰っても嬉しくない」という声が、一般的な男性たちにまで届いてしまうと、売れなくなってしまう。長くブランドを維持していくために、女性たちが自ら買いたいと思うようなブランドにしていく方向に舵を切った、ということなのかもしれない。

 

www.excite.co.jp

2022年の記事。このサイトを見ると、4℃のジュエリー売上高は、実は例の炎上以前から徐々に落ちていたようだ。もしかしたら、あの炎上が、結果的に4℃にとっての「底つき体験」になったのだろうか?

 

海外の女性たちも、ハートネックレス問題に悩んでいた。

もしかしてと思って、「ugly heart necklace(ダサいハートネックレス)」でGoogle検索してみたら、出てくる出てくる……海外の女性たちも、日本の女性たちと全く同じ問題に悩んでいた。もちろん、4℃という日本のブランドの話題は全く出てこないのだが、画像検索して出てくるものが、ことごとく日本の女性たちも「ダサい」と認識しそうな形のものばかりだった。

 

特に、これは背景画像込みで見ると味わい深い。

”どうか、バレンタインデーにハート型のジュエリーを買うのをやめてください”

www.racked.com

"As a gift, a piece of heart jewelry is a total and complete cop-out. Can you think of anything less personal and more cheesy at the same time? It’s a shallow expression of intimacy and love that doesn’t bother to consider what the giftee actually likes, unless she happens to be part of the small cadre of adult women who are actually super into heart pendants."

(贈り物として、ハート型のジュエリーは完全に言い逃れです。これより個人的でなく、同時に安っぽいものを思いつきますか? 贈り物を受ける人が実際に何を好むかを考慮しない、親密さと愛情の浅はかな表現です。ただし、その人がたまたまハート型のペンダントに非常に興味を持っている少数の大人の女性の一員である場合は別です。)

 

"It’s also an appeal to Zales to PLEASE, STOP TELLING PEOPLE WE LIKE THOSE HORRIBLE “INFINITY” HEART PENDANTS, and a plea to Kay to just cut it out. Do you really need to make over a thousand varieties? Did you have to add angel wings, too? (It’s not just the mall brands, either. You’re an offender too, Tiffany. David Yurman, we see you.)"

(これはまた、ゼールズ社に対して、お願いですから、私たちがあのひどい「インフィニティ」ハートペンダントが好きだと言うのをやめてください、という訴えでもあり、ケイに対しては、もうやめてほしいという嘆願でもあります。本当に1000種類以上も作る必要があるのですか?天使の羽も付け足す必要があったのですか?(モールブランドだけではありません。ティファニーさんも犯罪者です。デイビッド・ユーマンさん、私たちはあなたを見ています。)

ゼールズもケイもティファニーもデイビッド・ユーマンも、向こうのジュエリーブランド。わざわざ大文字で訴えている。

 

また、X(Twitter)にもこのような投稿がされており、リツイートが5.6万、いいねが37万ついており、まさに論争状態になっていた。

(あなたのガールフレンドはハート型のジュエリーなど欲しくないはずです。これを読んでもまだハート型のものが欲しいと思うなら、私はダサくないものを見つけるお手伝いをします。これは私の女性仲間への奉仕行為です。)

 

プレゼントにハートネックレスは「無難」なのか⁉

実際には、女性が自ら「欲しい」と思って買うようなハートネックレスも、世の中には存在しているけれど……ファッションが苦手な男性が選ぶハートネックレスは、大体、贈られる本人が好まないものになってしまいがちだから、自分で判断しないで、彼女の希望を聞くか、おしゃれな女性にアドバイスしてもらって下さい。

 

最近だと、ANNIKA INEZ(アニカ イネズ)のハートネックレスあたりなのかな……?

[rakuten:lino-jewels:10004167:detail]

 

4℃はよく「無難なデザインが多い」と言われているが、私の感覚では、プレゼントにハートのネックレスは、決して無難ではない。「彼女はこのタイプのアクセサリーが好き」とわかっているのでない限り、あえて選ぼうとは思わない。そのくらい、実は難しいものなのだ。多くの女性たちが考える「無難なデザイン」とは、シンプルな一粒ダイヤのネックレスだと思う。

 

ハートネックレス問題について、「男性にとって女性のアクセサリーは観賞用だけど、女性にとっては実用品だから」と言っている人がいたが、確かにそう。男性だって、ドラゴン柄のネクタイを贈られても、使いどころがないだろうしね。これは、ドラゴン自体が好きとか嫌いとか、そういう問題ではないのだ。

こんなん誰が就活に使うねん。

 

4℃の今後に期待。

 選択と集中を行った効果は目覚ましく、2023年3-8月のジュエリー事業の営業利益率は6.8%。前年の4.5%から2.3ポイントも上昇しました。

 ヨンドシーのファッションジュエリーの弱点は、男性客がメインだったこと。男性目線と女性目線がかみ合わないことが、SNSで論争を巻き起こす要因の一つになっています。

 しかし、ファッションジュエリーに経営資源を集中し、ブランドの再構築を行った結果、女性客の売上高は2023年2月期に37億円となり、前期比3割増となりました。女性から敬遠されるイメージは、過去のものとなりつつあります。

「4℃(ヨンドシー)」が大量閉店した納得の理由。“女性に敬遠される”のは過去の話に――大反響トップ10 | 日刊SPA!

 

 

4℃が今後、気を付けたほうがいいことがあるとしたら、「広告炎上」だと思う。炎上する時というのは、大抵、「まるで、現場の女性たちが考えたものを、上層部のおじさんが添削したような」あるいは、「まるで、上層部のおじさんに忖度したような」感じの広告を打ってしまった時だ。

とりあえず、女性たちに対しては、特に何も言う必要はないだろう。基本的に、ただ良いものを作って、「私たち、こういうものを作りましたよ!」と見せるだけで良いと思う。

男性たちに対しては、言うことがあると思う。「彼女に喜ばれるジュエリーの選び方」みたいな。まぁ、予算を伝えて彼女に選んでもらうか、店員さんに予算を伝えて彼女の写真を見せて、あとは任せるかの、どちらかだろう。

 

4℃の今後に期待。

 

余談

この記事をほぼ書き上げた時に、これが話題になっていた。今回、4℃関連の話題について色々調べていて、これと同じことを言っている人が複数いたので(4℃の店員さんとは限らないけど)、そういう男性は、実際よくいるのかもしれない。

togetter.com

そういえば、以前こういうまとめがあったけど……これは「カップルで来て」一緒に選んでるから、幸せだってことなんだろうなぁ……

togetter.com

まぁ、贈り物で失敗するのは、誰にでもあることなので、ある意味人生の通過点と言えるかもしれない。

 

[2025.11.6追記]

2025年11月4日、以下の現代ビジネスの記事に、このブログ記事の内容と非常によく似た記事が掲載されていますが、私はファッションライター/スタイリストの角佑宇子氏(instagram:@sumi.1105) とは何の関わりもなく、この件について何か話があったわけでもありません。

gendai.media

gendai.media

 

 

 

 

 

*1:ぶっちゃけ4℃に限らず好きでもない男にドヤ顔で”ティファール”とか渡されても「ハ?」ってなるやん→かなり嬉しいのでは...? - Togetter [トゥギャッター]

*2:SNSでネタにされて悔しかった…女性インフルエンサーに「今までごめん」と言わせた有名宝飾店4℃の逆襲 あえて原宿に「匿名宝飾店」を出店して大成功 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

*3:https://x.com/kensuu/status/1705073746749673481

*4:サマンサタバサ、4℃大量閉店 エビちゃんOL系が令和世代にウケない背景|コクハク

*5:4℃、もうギフトに頼らない 女性の購入、男性逆転へ - 日本経済新聞

*6:匿名出店で衝撃の「4℃」は業績不振…そもそも「誰が」買っていたのか、その「意外な客層」(坂口 孝則) | マネー現代 | 講談社

*7:4℃で喜ぶ女はチョロいのか - トイアンナのぐだぐだ

*8:メルカリにクリスマスプレゼントらしきアクセサリーが大量出品「これを別の男性が買って女性にあげるのか…」 - Togetter [トゥギャッター]

*9:クリスマス後のメルカリがとっても世知辛い状況になっております「もはや風物詩」「かなしみ」 - Togetter [トゥギャッター]

*10:毎年恒例Xmas後のメルカリに今年はいつもの以外も多く出品されているもよう「この世の業がつまってる」 - Togetter [トゥギャッター]

『将軍 SHOGUN』『ラスト サムライ』『アサシンクリード シャドウズ』~白人酋長または白人の救世主について

白人の救世主(白人酋長モノ)と呼ばれるジャンルがある。これは、「なろう系」とか「異世界転生」とかに近いのだが、要するに、白人主人公が異人種や異民族を相手に無双する内容だ。有能な白人が、文明的に遅れている民族や未開の地で人々を助け、現地人に称賛され、ついでに現地女性にモテるとか、そういう物語である。

まぁ白人が気持ちよくなるためのものなので、利用された側にとっては、当然不快に感じる。そのため、このジャンルは過去に批判されてきており、近年のポリコレでは、白人の救世主はやってはダメということになっている。

 

映画における白人の救世主(英語: white savior)とは、白人が非白人の人々を窮地から救うという定型的な表現である。その表現は、アメリカ合衆国の映画の中で長い歴史がある。白人の救世主は、メシア的な存在として描かれ、救出の過程で自身についてしばしば何かを学ぶ。

白人酋長モノなどともいう。

白人の救世主 - Wikipedia

Screen Saviors: Hollywood Fictions of Whiteness labels the stories as fantasies that "are essentially grandiose, exhibitionistic, and narcissistic". Types of stories include white travels to "exotic" Asian locations, white defense against racism in the American South, or white protagonists having "racially diverse" helpers.

(Screen Saviors: Hollywood Fictions of Whitenessは、これらの物語を「本質的に大げさで、自己顕示的で、ナルシスティックな」ファンタジーと分類している。物語の種類には、白人が「エキゾチックな」アジアの場所を旅すること、アメリカ南部での人種差別に対する白人の防衛、または「人種的に多様な」助け手を持つ白人の主人公などがある。)

White savior - Wikipedia

 

現実には、高い能力を持っていたら、その社会で無双できる(ゲームプレイヤーになれる)かというと、たぶんそうでもないだろう。その社会でゲームプレイヤーになれるかどうかは、能力を持ってるかどうかより、権力を持ってるかどうかだと思う。能力を持っていても、権力を持っていなければ、その社会で能力を発揮できないか、権力者に能力を利用されるだけだ。

2024年リメイク版の『将軍 SHOGUN』は、そこが現実的だと思った。あのドラマの中で、ゲームプレイヤーはブラックソーンではなく虎永である。ブラックソーンは、状況に振り回されるしかない。『将軍 SHOGUN』は、この構造を演出することで、ドラマが白人酋長モノになることを避けたのだろう。

 

そして、白人が異人種・異民族の社会に入っていくということは、その社会において白人がマイノリティになるということでもある。

80年代に制作された『将軍 SHOGUN』を見ると、ブラックソーンのもとに次から次へと女性たちがやってくる描写があるが、2024年版にはそういう描写はない。彼は、鞠子以外の女性からは全くモテていなかった。

能力さえあれば、単独で異なるコミュニティに入っても、そこでゲームプレイヤーになれるというのは、いかにも白人男性的な考えであったと言えるだろう。

 

2024年版の『将軍 SHOGUN』に改善点があるとすれば、若くて性的魅力のある男性が、ブラックソーンしかいなかったことだろう。欧米のメディアにおいて、アジア人男性は、ずっと性的魅力に欠ける存在として表現されてきた。ここは続編で改善の余地があると思う。(ちなみに、どういうわけか、コズモ・ジャービスは日本人女性の間であまり話題になっていない。みんな真田広之浅野忠信の話ばかりしている。)

 

ラスト サムライ(Last Samurai)』は白人の救世主だろうか?

(ネタバレになるが)この映画は、幕末の時代、欧米からやってきた軍事顧問の男が、侍の集団に捕まって捕虜になり、そこで生活するうちに、彼らの生き方の中に美しさを見出す。最後は侍たちと共に戦って、侍の時代の終焉を目撃するという筋書きだ。トム・クルーズが演じた主人公のネイサン・オールグレンのモデルは、ジュール・ブリュネであり、渡辺謙が演じた侍たちのリーダー・勝元盛次(かつもと もりつぐ)のモデルは西郷隆盛である。この映画の「ラスト サムライ」とは、勝元たち日本人の侍のことであり、オールグレンのことではない。

勝元を演じた渡辺謙は、The Guardianのインタビューで、この映画は白人の救世主かという質問に対して、「そんな風には思っていなかった」「『ラスト サムライ』の前には、眼鏡をかけ、歯をむき出しにし、カメラを持つアジア人というステレオタイプがありました」と話す。*1一方で、松崎悠希は、この映画は白人の救世主だと言う。*2海外では、この映画は概ね白人の救世主だと考えられているようだ。

 

この映画は、日本人から見ると変な日本描写が多数あった。当時はハリウッドのスタッフを使わなければならなかったため、そうなったという。特に、忍者の集団が襲撃してくるシーンは、あまりのあり得なさに、ある意味で記憶に残るシーンだった。もう20年程前の映画なので、現代の感覚からすれば、時代遅れだと言わざるを得ない。

それでも、当時はハリウッドが日本の侍をテーマに日本人俳優を使って映画を撮るのが珍しかったこと、日本の侍たちが格好良く表現されていたことなど、あの時代としては、日本に対する敬意が感じられたので、日本人から受け入れられたのだと思う。当時の欧米では、日本文化に関心を持っている人はまだ少なく、トム・クルーズが前面に出ていなければ、アメリカの観客たちは、知らない俳優たちが出ている侍映画を見なかっただろう。

はっきり言って、『ラスト サムライ』は、侍映画を見慣れている日本人の鑑賞に堪えるものではなかった。日本人の大部分が知らない2023年制作のアニメ『Blue Eye Samurai』から考えると、もしかしたら、欧米社会に「日本人は江戸時代が終わるまで銃を使わなかった」という偏見を残した映画であったかもしれない。しかし、欧米の観客に対して、『ティファニーで朝食を』のミスター・ユニオシのようなものではなく、あの時代において、日本人に対するイメージを刷新し、物事を前進させたものであったという評価はできるだろう。

ラスト サムライ』がなければ、2024年の『将軍SHOGUN』はなかっただろう。おそらく、真田広之は、『ラスト サムライ』の時にできなかったことを、『将軍 SHOGUN』で全てやったのだ。

 

さて、最近ネットで大炎上して話題になった『アサシンクリード シャドウズ(Assassin's Creed Shadows)』だが、なぜ多くの日本人が不快に感じたのかというと、要するに、弥助が「黒人の救世主」になっているからだろう。もっとも、ゲームを作っているUbisoftは、ほぼ白人の会社である。

このゲームの問題点については、前回記事『Yasuke is so white! ― ポリコレ視点から見るアサシンクリードシャドウズ(Assassin's Creed Shadows)弥助炎上事件』において詳しく述べたので、そちらもご覧頂きたい。

日本人がアサクリシャドウズを不快に思う理由は、もし『ラスト サムライ』が、トム・クルーズが、まるで大名のように高価で豪華な甲冑を着た「伝説の侍」になり、彼が道を歩けば地元の庶民たちが直立してお辞儀をして、日本人の首を不必要に切り落とし、抑圧者から日本の人々を解放するカリスマヒーローになる内容だったら?で説明できると思う。こんな内容の映画、絶対に日本人から認められなかっただろう。

 

アサシンクリードシャドウズの弥助

伝説の侍になろう

カリスマ性のある侍、弥助となって、残忍な正確さと力で敵を攻撃しましょう。戦闘に特化したスキルを使って、敵を攻撃、ブロック、受け流し、倒しましょう。刀、金棒、弓、薙刀など、さまざまな武器を使いこなして、日本を圧制から解放しましょう。

 

おそらく、Ubisoftの考えは「日本を舞台に白人の救世主をやるのはダメ。それは差別的だ。でも黒人をエンパワメントするために、黒人の救世主を作るのはOK。それは先進的だ」なのだろう。

しかし、普通に考えて、かつて、たまたまその国にいた外国人を、史実よりも非常に身分が高く、史実よりもその国の人々から敬われ、そんなことをしていた記録はないのに、抑圧者から人々を解放する人物として表現して、処刑する時の戦闘モーションでその国の人々を殺すゲームを作ったら、その国の人々が不快に思うのは、当然だろう。仮に、日本のゲーム会社が、日本人主人公でこれと同じことをやったとしたら……それは非常にナルシスティックだし、相手の国の人たちに対して失礼だと感じる。

海外では、このゲームを擁護する人たちは、「日本人自身が弥助に関する創作物を作っているのだから、AC Shadowsの弥助も、日本人は受け入れている」と主張する。が、もちろん、日本人が創作した弥助は、侍として登場したとしても、大名や武将のようではないし、このような誇張された救世主的描写は見られない。私が知る限り、日本人が創作した弥助のフィクションで論争が起こったことは、今までなかった。日本で論争が起こった弥助のフィクションは、アサシンクリードシャドウズが初めてである。

 

Ubisoftは、愚かにも、弥助をナルシスティックな救世主にすることが、黒人をエンパワメントすることだと考えているのだろうか?だが、「白人の救世主」は、白人をエンパワメントしていたのだろうか?私はそうは思わない。それは白人たちのナルシシズムを満たしていただけだ。

自己肯定感とナルシシズムは別物だ。自己肯定感は、他者と良い関係を築くが、ナルシシズムは、他者との関係を破壊してしまう。エンパワメントとは、相手の自己肯定感を引き出すことであって、相手のナルシスティックな願望を満たしてあげることではないはずだ。

Ubisoftは、黒人をエンパワメントすることと、他国の歴史や文化を尊重することの間で、バランスを取るべきだった。

 

いずれにせよ、今まで「白人の救世主」が問題視されていたのは、ハリウッドが白人中心だったからで、これから非白人が主人公になる機会が増えると、非白人の救世主モノが創られ、それが問題視されることは、これからも起こるだろう。ある意味では、それが主人公になる機会が増えるということなのだ。その時には、「白人の救世主」という言葉は古くなり、「外国人の救世主」という言葉に置き換わるかもしれない。

主人公やファッションモデルが白人ばかりだった時代に戻るべきではない。一方で、男女が平等になるということは、女性も男性と同じように昇進し、高い地位に就く機会を得て、男女ともにセクハラやパワハラの講習を受けるということなのだ。これと同じことが、非白人が主人公になる場合にも言えるだろう。

 

そして、日本も、アニメや漫画が日本人だけが見るものではなくなった以上、世界発信を前提としたコンテンツでは、「日本人救世主」にならないよう、気を付けたほうが良いのだろう。
「救世主になりたい」という願望は、白人だけが持つものではなく、誰もが持つ願望だと思う。しかし、相手の国の人々にとっては、それはクールとは限らないのだ。主人公がすごいことを表現するために、他国の歴史や文化を「道具」として使用するのは、過去に白人たちが散々やってきて、ことごとく失敗している。それを反面教師とするべきだろう。

 

togetter.com

 

将軍 SHOGUN』は、ステレオタイプ的な日本人描写、白人の救世主、無意味な女性のヌードシーンなどを排除して創られた、かなりポリコレな作品である。女性をちゃんと描いているのも評価されている。北米では日本はマイノリティであり、これまでは、日本人の役を中国人が演じる、原作は日本人なのに白人が演じる、ステレオタイプ日本人、トンチキジャパン描写が、ハリウッドでは普通だったのだ。最早、今の時代においては、私たちがよく目にする映画やドラマの多くは、ポリコレの視点が入っていると言っても過言ではないだろう。

将軍 SHOGUN』は、『ラスト サムライ』から20年余りの間に、真田広之がハリウッドで信頼を積み重ねてきたこと、(北米における)マイノリティの文化を尊重しようという時代の流れができたこと、日本文化に対する観客の鑑賞力が高まったことなどが、ちょうど噛み合って生まれた傑作だろう。これまでもハリウッドで奮闘した日本人俳優はいたが、やはり、今の時代でなければできなかったと言わざるを得ない。*3

 

関連記事:

yuhka-uno.hatenablog.com

 

 

 

Yasuke is so white! ― ポリコレ視点から見るアサシンクリードシャドウズ(Assassin's Creed Shadows)弥助炎上事件

日本が舞台のゲーム「アサシンクリードシャドウズ」が、大炎上していますね。先に結論を言うと、これはアジア人差別的なビデオゲームです。私はこのゲームのファンなので、とても残念な気持ちです。この問題は、シリーズを知らない人にはわかりにくいので、順に説明していきますね。

この問題を理解する鍵は、欧米におけるアジア人男性に対するステレオタイプ、「白人の救世主」という概念、Ubisoftの制作陣が言った「私たちの侍(our samurai)」という言葉です。

なお、ここで「アジア人」と書いてある場合、それは東アジア人のことを言います。

 

アサシンクリード(Assassin's Creed)とは?

アサシンクリードは、歴史の裏で暗躍する暗殺者になって、歴史上の人物から無名のモブキャラまで、人を殺しまくるゲームです。残酷なシーンや大人のロマンスシーンがあるので、年齢制限が設けられています。

これまで、ルネッサンス期のイタリア、革命期のフランス、ヴィクトリア朝ロンドン、プトレマイオス朝古代エジプトなど、様々な国と時代がゲームの舞台になってきました。

表向きの歴史は私達が知っているものと同じだけれど、実は、裏では、人々をコントロールしようとする集団と、人々の自由を求める集団が、何世紀も争い続けていて、さらに、実は、人間より先に来た宇宙人(?)がいて、その人たちが神話上の神で、神の秘宝を手に入れた人間が、強大な力を得て支配者になれて……といった、ある種「マトリックス」的な、壮大なフィクションになっています。

「表向きの歴史」の部分では、当時の建物や町並みを、オープンワールドでかなり忠実に再現していて、そこを自由自裁に走り回れる、「歴史観光ゲーム」としても楽しめます。

 

アサシンクリードは、フランスに本社があるゲーム会社「Ubisoft」が制作しています。Ubisoftは、ヨーロッパ最大のゲーム会社であり、アサシンクリードは、既に17年続くシリーズもので、累計2億本売れている、この企業の主力商品です。欧米では、「ファイナルファンタジー」に匹敵するほどの人気ゲームであり、パリオリンピック開会式に登場するくらいには有名です。

Ubisoftについては、この方が詳しく解説して下さっています。

note.com

 

炎上・第一段階:アフリカ人男性と日本人女性の主人公〜「アジア人男性は主役になれない問題」

このゲームシリーズは、「アサシン」という性質上、歴史に名を残さない、架空の現地人が主人公でした。イタリアならイタリア人、フランスならフランス人、北米ならイギリス人とアメリカ先住民の間に生まれた人……といった具合です。歴史上の人物は沢山登場しますが、それらは全てNPCでした。

シリーズ初期は男性主人公一人が殆どでしたが、ここ近年は、男性主人公と女性主人公を出してきていたので、ファンたちは、なんとなく、「主役は日本人男性と日本人女性だろう」と思っていました。しかも、過去に「山内鷹(Yamauchi Taka)」*1という日本人アサシンの存在が仄めかされていたため、「山内鷹か、彼に関係した人物が主人公だろう」と思っていた人も多かったのです。

それに、なんと言っても、シリーズ始まって以来、AAAタイトルで初のアジアです。アジア人が主人公になったことは、これまでありません。日本のアサシンといえば、忍者だよね! 世界中のファンたちが、日本が舞台のアサシンクリードを、楽しみにしていました。

 

で、蓋を開けてみれば、弥助です。

 

はぁ?バエク(Bayek)いたじゃん。(古代エジプトヌビア人男性)

アドウェール(Adewale)も。(奴隷制時代の黒人男性)

 

実際、最初の段階では、日本のSNSでは、アサシンクリードを知らない人たちは、「弥助が主人公のゲーム? 良いじゃん!」と反応していましたが、シリーズのファンたちは、もやもやとした、複雑な気分になっている、という雰囲気でした。*2

 

一方、海外では、既に炎上していました。というのも、欧米では、アジア人男性のレプリゼンテーション(Representation)の問題があったからです。

欧米社会では、アジア人女性は魅力的だが、アジア人男性は魅力的ではないと思われている。なので、映画などのメディア媒体で、アジア人男性が主役になれないという問題があるのです。アジア人男性は、弱々しくてオタクっぽいというステレオタイプがあるため、恋愛序列の最下層です。*3そんな彼らにとって、侍や忍者やカンフーの達人は、かっこいい主役になれる貴重な機会なのです。

一方、アジア人女性は、エキゾチックで性的かつ従順だと思われています(もちろん良い意味ではない)。「Asian fetish」と言えば、それは「アジア人女性フェチ」のことです。欧米の映画では、白人男性とアジア人女性の主人公は、よく見る組み合わせです。それだけに、主要キャラクターが全員アジア人のラブロマンス映画『クレイジー・リッチ・アジアンズ』は、当時のハリウッドでは、非常に画期的だったのです。

 

過去作のアフリカ系主人公については、AAAタイトルで、古代エジプトが舞台でヌビア人男性の主人公。PS3版限定で、フランス人とアフリカ人の間に生まれた女性主人公。ダウンロードコンテンツで、黒人男性主人公がいました。

アジア人主人公については、明時代中国が舞台のミニゲームで、女性主人公。秦時代中国が舞台のモバイル限定ゲームでは、シリーズ初となるキャラクターカスタムで、プレイヤーの外見と名前を自由に選択できました。しかし、これは同時に、アジア人男性を選ぶ必要がないことと、明確な主人公がいないことを意味しました。

そして、今回、日本が舞台で、アフリカ人男性と日本人女性です。

他のゲームタイトルでは、ほぼ毎回、現地人の架空の男性主人公がいたのに*4、アジアが舞台のゲームタイトルでは、3回とも全てアジア人男性主人公がいないのです。これは、このシリーズを知っているファンからすると、非常に不自然なことです。

 

In a leaked email to studio executives, about why he didn't cast an Asian American as the lead for the movie "Flash Boys" - based on a book with an Asian American lead character named Bradley Katuyama - Aaron Sorkin wrote "there aren't any Asian movie stars".

"I'm tired of hearing from people that they can't 'see' an Asian American actor playing the romantic lead or the hero, so I created #StarringJohnCho to literally show you," he said.

 (スタジオの幹部に宛てた流出した電子メールの中で、アーロン・ソーキンは、ブラッドリー・カツヤマというアジア系アメリカ人の主人公が登場する本を原作とした映画「フラッシュボーイズ」の主役にアジア系アメリカ人を起用しなかった理由について、「アジア系の映画スターがいない」と書いている。

アジア系アメリカ人俳優が恋愛の主役やヒーローを演じる姿を『想像できない』という声を聞くのにうんざりしているので、文字通り皆さんに見せるために#StarringJohnChoを作りました」と彼は語った。)

#StarringJohnCho highlights Hollywood's 'whitewashing' - BBC News

「子どものころ、アジア系男性への典型的なイメージといえば“強いけどモテない武芸の達人”、あるいは”卓球経験のあるオタク気質な数学の天才”というようなものでした」と、パンは振り返ります。

  「子どもながらに自分が人に劣っていると感じ、自尊心が欠如していました。メディアで見聞きすることに影響され、セルフイメージにコンプレックスがあったんです」。

アジア系男性はモテない!? 全米で話題の俳優クリス・パンから見る「アジア系男性の魅力」

 

この時点で、欧米のアジア人たちは怒っていました。彼らにとって、この配役は露骨に差別的でした。どうやら、Ubisoftは、現時点でも、「アジア人の代表者は奈緒江一人で十分だ」と考えているようです。

アジア人男性が抱えている問題は、「欧米のメディアで、自分たちの存在が無視されている」ことなので、日本のゲーム会社が日本人男性を主役にしたゲームを作っても、それは彼らの問題を根本的に解決したことにはならないのですね。

アサシンクリードシャドウズの主人公は、日本人男性と日本人女性であるべきでした。

 

多くの日本人は、弥助が主人公のゲームを作ること、それ自体は問題ないと思っています。(日本人差別的な内容でなければ。)なので、アサシンクリードシリーズを知らない日本人に、この件についてどう思うか尋ねても、「良いんじゃない?」という反応が返ってきます。

実際、海外では、アサシンクリードをプレイしたことがない日本人の回答を持ち出して、「ほら、日本人は怒ってないよ」と言う人たちが沢山いました。一方、このシリーズを知っているアジア人たちは、不満を感じている人が多いです。

そして、多くの黒人の人たちが、日本のゲーム会社が作った、ウィリアム・アダムスが主人公の『仁王』や、映画『ラストサムライ』の例を出して、「白人の侍なら良くて、黒人の侍ならダメなんだろう⁉」と思っている。そういう現状です。*5

 

炎上・第二段階:「伝説の救世主」〜超豪華な甲冑を着た弥助が、日本人たちを撲殺

私は、弥助が発表された時、彼の外見に違和感を感じました。鎌倉時代の上級武士が着ていた大鎧と、戦国時代の当世具足をミックスしたようなデザイン。豪華な金細工。一部の上級武士しか着られないようなものです。

例えるなら、新入社員が超高価なスーツを着て、ロレックスの腕時計をしているような感じです。

弥助は、これまでも、日本の漫画や小説やゲームなどに登場していました。ただ、多くの日本人は弥助のことを知らないし、知っている人の弥助のイメージは、「侍だったとしても、地位は高くない」だと思います。*6下級武士は全くリッチではありませんでした。

 

そして、ゲームプレイ動画が発表されました。


www.youtube.com

見た瞬間、「あ、これはあかん」「これは日本人にとって印象悪いぞ」と思いました。

超豪華な甲冑を着た弥助が道を通ると、日本人の農民たちが深々とお辞儀をします。そして、大男が日本人を次々に撲殺。そして、最後には斬首。(あの場面で斬首する必要ある?)

 

Yasuke "to free japan from its oppressors"/弥助「日本を抑圧者から解放する」

ああ、これ、「白人の救世主」だ。

 

「白人の救世主」とは、白人が異人種や異民族を助けるという、お決まりのストーリーです。助けられる役は黒人であることが多いです。「白人の救世主」が嫌われるのは、白人が良い気分になるためのものだからです。実際には、黒人が黒人を助けているケースが多くても、それらはあまり題材にならないのです。現地人は、自分で問題を解決する能力がなく、強い外国人に頼って何とかする人たちとして描かれます。

 

映画における白人の救世主(英語: white savior)とは、白人が非白人の人々を窮地から救うという定型的な表現である。その表現は、アメリカ合衆国の映画の中で長い歴史がある。白人の救世主は、メシア的な存在として描かれ、救出の過程で自身についてしばしば何かを学ぶ。

白人酋長モノなどともいう。

白人の救世主 - Wikipedia

Screen Saviors: Hollywood Fictions of Whiteness labels the stories as fantasies that "are essentially grandiose, exhibitionistic, and narcissistic". Types of stories include white travels to "exotic" Asian locations, white defense against racism in the American South, or white protagonists having "racially diverse" helpers.

(Screen Saviors: Hollywood Fictions of Whitenessは、これらの物語を「本質的に大げさで、自己顕示的で、ナルシスティックな」ファンタジーと分類している。物語の種類には、白人が「エキゾチックな」アジアの場所を旅すること、アメリカ南部での人種差別に対する白人の防衛、または「人種的に多様な」助け手を持つ白人の主人公などがある。)

White savior - Wikipedia

 

「日本で、超豪華でリッチな甲冑を着て、侍になりたい!日本人相手に、伝説的でカリスマ的な救世主になりたい!俺が通ると現地人がお辞儀して、俺を敬うんだ!俺は日本では大男だ!チビなアジア人を倒しまくって、『フウゥーーーー!! 俺強ぇぇぇーーーー!!!』ってやりたい!」

「まぁ、今の時代、白人キャラでこれやったら、私たち、絶対に皆から『ホワイトウォッシュ』『白人の救世主』って言われて批判されるけど……黒人キャラなら大丈夫だよね!」

こういうことですかね?

「私たちの侍(our samurai)」って、そういう意味かな?

 

日本では、この動画の公開から一気に炎上してきました。まぁ、変な箇所が多かったですしね。流石に「関ケ原鉄砲隊」の旗の件はマズかったですが、弥助の印象が悪かったからこそ、あそこまで日本人からの反発を招いてしまったのでは?と思うのです。

ところで、日本人以外の人が、侍の甲冑を身に着けて、記念撮影などすることは、何も問題ありません。念のため。

 

炎上・第三段階:トーマス・ロックリーによる「弥助・メアリー・スーの物語」

もう、これについては、こちらを御覧ください。

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私は、ロックリー氏は、特に日本人を貶める気はなかったのではないかと思います。彼は本気で、「16世紀の日本人は、黒人を偏見なく受け入れる人たちだった」と表現したつもりだったのではないかと。巷では、彼が黒人奴隷は日本発祥だと言っているという話が広がっていますが、実際には、そこまでのことは言っていないようですし。まぁ、今や彼はイソップ童話の狼少年なので、全く信用されていないのはわかります。

要するに弥助が人気過ぎて黒人フィーバーが起きたという内容にしたかったのでしょう。彼のやりたかったことは「弥助スゲー」であって、日本に黒人奴隷の責任を押し付けることではないかと。

https://x.com/laymans8/status/1815011020072718478

「トーマス・ロックリーによって『黒人奴隷は日本発祥』というデマが広がっている」というデマ - 電脳塵芥

 

しかし、彼の「弥助ファンフィクション」に登場する日本人は、ほぼ全員、弥助を称賛するためだけに存在しているかのようです。実際には、織田信長の周囲には、「本物の」伝説の侍たちがいました(当たり前)。しかし、彼の著書では、「昔の日本の中で最も大きく、最も強かった男は実は日本人ではなかった」。それは弥助だと紹介されています。*7要するに、これは典型的な「メアリー・スーの物語」ですね。

”お手軽メアリー・スー作成講座改:蛇足1.メアリー・スーの真髄は主人公の全能性よりも、他のキャラをまともに動かさない事です。主人公が全能でなくても、原作キャラは主人公を賛美し、どんな悪役も主人公の活躍で倒せ、全ては主人公のためだけに回ります。そしてそこに論理的な展開などは不要です。”

お手軽「メアリー・スー」作成講座・改♪ とメアリー・スーについての私感 - Togetter [トゥギャッター]

 

彼はおそらく、弥助に対して共感を持っていたのでしょう。弥助に自分自身を重ね合わせていたのかもしれません。なぜロックリー氏が、これをファンフィクションに留めておくのではなく、ノンフィクションにしたかったのか、わかりませんが、とにかく、彼にとって弥助は、実際に周囲から称賛される特別な存在でなければならなかった。史実そのままの弥助で十分興味深い存在だという捉え方はしていなかった、ということでしょう。

ちなみに、彼の最新作は、日本人の少年が海賊船に拾われて、エリザベス一世女王の元でジェントリの地位を得る、ノンフィクションらしいです。

 

当時、英語圏で弥助のことを調べようとすると、トーマス・ロックリーに行き着く状態だったので、アサシンクリードの弥助は、かなり彼のファンフィクションの影響を受けているでしょう。おそらく、Ubisoftの製作陣は、彼が書いた「弥助・メアリー・スーの物語」に魅了され、酔わされてしまい、クリエイターとしての情熱と冷静さのバランスを失ってしまったのではないでしょうか。奈緒江は、これまでのアサシンクリードの主人公と同様、魅力的に見えるのに、弥助からは、どこか、製作者の自己陶酔が感じられます。

彼らは、「弥助は日本では伝説の侍なんだから、これまでの慣例を破って日本人男性を外しても、日本人は受け入れてくれるはず!」とでも思ったんでしょうか?

 

 Q: Do you think writers who write unsatisfying Mary Sues are just not self-aware?

PS: I think that's the great part of it. They're so un-self-aware that they think this keen story that means so much to them must mean exactly the same to everybody else. I've thought up Mary Sues—we all do—I just never wrote them down. I lived out my little adventures in my head, wandering around. Now, with the Internet, everyone can publish their stories…and they do.

(Q:満足のいかないメアリー・スーを書く作家は、単に自己認識がないだけだと思いますか?

追伸:それが素晴らしいところだと思います。彼らは自己認識があまりにないので、自分にとってとても意味のあるこの素晴らしい物語は、他のみんなにとってもまったく同じ意味を持つに違いないと思っています。私はメアリー・スーを思いついたことがあります。私たちはみんなそうします。ただ、それを書き留めたことがないだけです。)

https://journal.transformativeworks.org/index.php/twc/article/view/243/205

 

彼が弥助伝説を創作した理由については、私の推測はこの方の見解に近いです。単なる金儲け目的ではない気がします。

japanese-with-naoto.com

 

「伝説の侍・弥助」は、白人たちによって作られたキャラクター

私は、これを「ブラックウォッシュ」と言うのは、適切ではないと思います。なぜなら、アサシンクリードの弥助は、白人たちによって作られたからです(Ubisoftが黒人の会社なわけがない)。これは、ホワイトウォッシュの亜種だと考えるべきでしょう。

 

JONATHAN 弥助については、まず“私たちの侍”、つまり日本人ではない私たちの目になれる人物を探していましたが 

"We were first looking for "our samurai" someon who could be our non-Japanese eyes"

『アサシン クリード シャドウズ』混乱の安土桃山時代を生きる侍・弥助と忍・奈緒江のダブル主人公、リアルに再現された日本に迫る国内独占インタビューを公開! | ゲーム・エンタメ最新情報のファミ通.com

 

現在、この箇所は、「差別的だ」と批判があったからか、元の記事から削除されています。

このインタビューに答えている人たちは、日系人一人を除き、全員白人です。彼らは、弥助のことを「私たちの侍」と言っています。なんか変ですね。「私達は、日本を訪れる際、東アフリカ人の目を使います」という意味でしょうか?

おそらく、Ubisoftは、奈緒江を「日本人の代表」、弥助を「日本を訪れる外国人の代表」……つまり、弥助を、彼らの主要な顧客である欧米人が自己投影できるキャラクターにできると考えたのではないでしょうか。

ちなみに、歴史学者の人は、宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが日本に来る途中、モザンビークかインドのゴアで、弥助を連れてきたと考えているみたいです。実際の弥助は、アメリカはもちろん、日本に来るまでに、ヨーロッパに行ったこともないのでは?

そもそも、アサシンクリードシリーズには、全ての出来事を見つめている現代編の主人公*8がいます。「日本人ではない私たちの目(non-Japanese eyes)」なら、彼らが最も適任でしょう。

 

最近のメディアコンテンツでは、白人の主人公が、異人種・異民族のコミュニティに入っていく場合、できるだけ「白人の救世主」にならないよう、注意深く配慮します。

しかし、これが黒人の主人公になると、Ubisoftは、全く何も注意せず、何も配慮せず、「英雄になりたい!」「救世主になりたい!」「現地人に敬われたい!」という欲望を露出させてしまいました。彼らは、それで日本の人々にどう思われるのか、何も考えていなかったようです。

これで、本気で「日本人は怒らない」と思っていたなら、不思議です。どう考えても、絶対に炎上するでしょう。

Ubisoftは、新しいことをしたつもりだったのでしょうか? アジア人にとっては、何も新しいものはありません。主人公が白人でも黒人でも同じことです。アジア人に対する扱いが古いままだからです。

 

もし、彼らが、全くの善意で、黒人をエンパワメントしようとしていたとしても、その結果、彼らが生み出したものが、「これまでの白人のダメなところを再現した黒人キャラクター」だったなら、彼らの「白人の救世主コンプレックス」は、あまりにも根深いと感じます。

 

多くの日本人は、「白人の救世主」という概念を知りませんが、ゲームプレイ動画を見た時、多くの人が「なんか不快だ」と感じたのでしょう。例えば、『セクハラ』という概念を知らなければ、自分がセクハラされていても気づかないけれど、「なんか不快だ」という感情は残ります。

その「なんか不快だ」の正体は、一言で言うと、ナルシシズムでしょう。多くの日本人は、弥助そのものではなく、弥助を創った人たちのナルシシズムに、不快感を感じているのだと思います。

これは、あくまでも私の推測ですが、今の炎上は、彼らが感じた「なんか不快だ」という感情を、日本描写の間違いを厳しく指摘するという形で、表現しているのではないでしょうか。(『Ghost of Tsushima』も、日本人から見て少し変だなと思う箇所はあります。でも、日本で大人気です!)

 

現代の感覚で言えば、「白人の救世主」(この場合は、「白人たちが創った黒人の救世主」)は、ダメなフィクションです。日本描写が正しくても、弥助が侍であってもなくても、「白人の救世主」を創るのは、ダメなんです。

 

黒人とアジア人が争う構造を作ったのは、誰?

さて、最初に「黒人主人公はもういた」と書きましたが、やはり、シリーズ全体を見れば、白人主人公が圧倒的に多く、黒人主人公は少ないです。そして、アジア人主人公は実質いませんでした。

今回、Ubisoftが非常にダメだったのは、希少な主人公の席を、黒人とアジア人が奪い合う構造を作ってしまったことです。

マジョリティが、マイノリティ同士で争い合う構造を作る。マイノリティが分断されてしまう。これは、小規模なものから深刻なケースまで、様々な差別構造でよく見られます。

例えば、親が毒親だった場合、希少な「親からの愛情」を巡って、兄弟たちが熾烈な争いを繰り広げることになるのは、よくあることです。

 

そもそも、16世紀の日本より、ずっと多くの黒人がいた国と時代は、沢山あったはずですよね。ヨーロッパを舞台にしたAAAタイトルの作品では、黒人を主人公にしていないのに。白人は黒人に席を譲らないのに、アジア人が黒人に席を譲るのですか? なんか、ずるいなぁ。まずは、トマ=アレクサンドル・デュマ*9シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュ*10を主人公にするべきだったのでは? 私は、他のマイノリティを犠牲にするのでなければ、黒人を主人公にしたゲームタイトルを創るのは、大賛成です。

ついでに言うと、東アジア人はNPCですら少ないです。エツィオ・アウディトーレ(Ezio Auditore)最後の弟子シャオ・ユン(Shao Jun)と、女海賊ジン・ラン(Jing Lang)の他に、誰かいたっけ? まぁ、私は、古代ギリシャヴァイキングの世界に、東アジア人が出てくることを、望んでいるわけではありませんが。

 

何が問題なのかわかっていないUbisoft

以前Ubisoftが出した声明*11*12は、「謝罪になっていない謝罪」ですね。以下に問題点をまとめておきました。

 

  • 「Once An Accident, Twice A Coincidence, Three Times A Pattern.」という諺があります。これまで、ミニゲームも含めて、アジアを舞台にしたゲームを3作創って、なぜ、全てアジア人男性主人公がいなかったのですか?(もちろん、アジア人女性の主人公も必要ですよ。)
  • アジア人男性は、魅力的ではない、弱々しくてオタクっぽい、ロマンスを演じるには向いていないというステレオタイプが存在している。そのため、欧米のメディア作品で、アジア人男性が主人公になる機会が少ないという社会的な問題について、考慮していましたか?
  • 今作品が「白人の救世主」の再現になっていることに、気づいていなかったのですか?主人公が黒人であっても、アジア人にとっては、これまでと扱いが何も変わっていないのだとは、考えなかったのですか?
  • シリーズの主人公は、白人が多く、黒人が少なく、アジア人は実質いなかった。この状況で、アジア人男性を退け、黒人男性を主人公にしたら、どのようなことが起こるか、考えなかったのですか?あなたたち自身が、マイノリティ同士(黒人とアジア人)が分断され、争い合う構造を作ってしまったのだと、理解していますか?

 

今回のことに上手く対応できなければ、「シャドウズ」は、アサシンクリードシリーズの汚点になりかねません。そうなってしまっては、本当に残念です。

Ubisoftは、声明の中で「敬意を持った表現で戦国時代の日本を描くことに注力してきました。」と言っていますが、それ以前に、日本人に対して敬意を持った表現になるよう注力して欲しかったですね。

私たちが、奈緒江についてあまり話題にせず、弥助のことばかり話題にするのは、奈緒江にはあまり問題がなく、弥助には問題があるからです(当たり前)。

できれば、発売延期して、日本人男性と日本人女性の主人公で作り直してほしいです。実際、そのほうが売れるんじゃないでしょうか? 今なら、全部トーマス・ロックリーのせいにするという言い訳もできますし。

 

ちなみに、アサシンクリードとは別のタイトルで、弥助が侍という設定で主人公にしたゲームを創ることは、何も問題ありません。ただし、その場合、トーマス・ロックリーが言ったことは、全て忘れて下さい。

 

海外での炎上はこのような模様になっています。こちらもお読み下さい。けっこう地獄です。

アサクリ騒動で学ぶアジア人の透明化現象。「お前はグーグル翻訳の偽日本人だ!」 海外の文化戦争に巻き込まれてアサクリ批判派の複雑な感情がリベラル勢力とアサクリファンボに伝わらない件&反ポリコレも味方にするには厄介すぎる件

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ポリコレはアートを殺すのか?

どなたかが「ポリコレはアートを殺す」と言ったことが、話題になっていましたが、私自身は、それには懐疑的な立場です。というのも、ポリコレや多様性に配慮していながら、良い作品も沢山あるからです。

Netflix映画『シティーハンター』では、主演の鈴木亮平が「女性をこれだけ性的に見ているリョウが、自分が体を張らないのはダメです。ぜひ入れてください」と提案して、「もっこりダンス」のシーンができたそうです。*13こういうケースでは、「ポリコレに配慮した結果、おもしろくなった」とは言われません。ただ「おもしろい映画だったな」と思われるだけです。ポリコレや多様性に配慮していても、配慮が自然であるため、見ている人にそれがわからない。そういう作品は多いです。

確かに、80年代に描かれた『シティーハンター』の内容を、2024年にそのまま再現してしまうと、ジェンダーの問題が色々とやばいので、そこは考えられているわけですね。いずれにせよ、今の時代において、特に世界展開しているメディアコンテンツでは、ポリコレを無視するわけにはいきません。

 

ただ、アサシンクリード・シャドウズの場合は、「ポリコレがアートを殺した」とは違うと思います。逆です。政治的に正しくない(Politically incorrect)のが、このゲームの問題です。

逆説的ですが、アサシンクリード・シャドウズを見ると、なぜポリコレが必要なのかがわかりますね。うっかり差別的なものを作って企業が炎上しないようにするためです。ポリコレはリスク管理でもあるのです。最近だと、Mrs.GREEN APPLEの『コロンブス』のMVが炎上した件がありましたしね……*14

 

ちなみに、私が考える「政治的に正しい黒人の救世主」は、『進撃の巨人』に登場するオニャンコポンです。彼は、物語の中で救世主的な立ち位置にありますが、作者の自己陶酔でもなく、メアリー・スーでもない。かといって、「マジカル・ニグロ」でもない。他の登場人物と同様、一人の人間として描かれています。

 

そもそも、アサシンクリードって、差別的要素が少ないゲームだったはずなんですよ。特に、「ACIII」では、イギリス人とアメリカ先住民との間に生まれた男性が主人公で、深いテーマを扱っていました。でも、アジアを舞台にした途端、これなのかと。もう2024年だというのに、まるで、『ティファニーで朝食を』のミスター・ユニオシを見たような気分です。

 

あとがき

まぁ、そうは言っても、日本人も、けっこう「日本人スゲー!」みたいな話が好きな人、多いですからね。「救世主になりたい」という願望は、誰でも、どの人種の人でも、持っているものなのでしょう。それが「架空の異世界ファンタジー」なら良いのですが、実在する人種や民族に対して、自分の願望をむき出しにしたらどうなるのかということを、このゲームは反面教師として見せてくれました。

 

やっぱり、日本人男性と日本人女性の主人公が良かったですね。弥助は重要なNPCで、追加のダウンロードコンテンツで主人公になる。結局、それが一番良かったと思います。弥助が、実はエツィオ・アウディトーレの弟子たちに暗殺術を教わったスパイアサシンだったら、ファンとして喜んだと思いますが。

そもそも、アサシンクリードにおいては、主人公は侍である必要はありません。侍の専門分野は軍隊です。暗殺者は単独行動です。僧兵でも良いし、あるいは、単純に、忍者の姉弟でも良かったかもしれません。

 

Youtube等でゲーム実況している人は、いつも通りこのゲームの実況をしてほしいなと思います。この手のゲームをしない人も内容を検証できますから。私は、購入した人を責めることには賛同しません。

 

「Yasuke is Gay!!」って言ってる人多いけど、あれは、『オデッセイ(古代ギリシャが舞台)』の時と同じように、プレイヤー自身が誰と性的関係になるか選べるって意味なのでは……?

面白いことに、この点は、日本人主人公だったら、騒ぎにならなかったかもしれませんね。今日び、私たちは、昔の日本人の性愛に対する価値観が、現代人とは違っているということを、知っていますから。

 

「神社で線香」については、当時は神仏習合の時代だったし、別に間違ってないかもしれない。二礼二拍手一礼は、最近の参拝の仕方。

「鳥居が村の入口」については、あれは、弥助が神域の森林から出てくるところなら、間違いではありませんね。確認したところ、しめ縄が村の側につけられているので、そうだと思います。

桜と田植えについては……私はよくわからないけれど、桜も米も、現在のそれらとは品種が違うからなぁ……どちらも、現在より1ヶ月くらい後かもしれない。まぁ、ここまで細かいことは、ゲームに対しては求めませんが。

ただ、できれは、武士が正座してるのと、主君が座るところに畳が敷いていないのに、家臣が座るところに畳が敷かれているのは、修正して欲しい。そこは流石に違和感あるわ(笑)。当時、畳は高価でしたからね。

 

今回の件で、「もし弥助が侍なら、本能寺の変で主君を守りきれなかった時点で、切腹してるはずだ」って言ってる人、何人も見かけたけど、いやぁ……戦国時代は、主君を裏切ったり倒したりする侍、いっぱいいいたからなぁ…… それに、そんなこと言ったら、本能寺の変から逃げ延びた織田長益(有楽斎)はどうなるんだということになるし。そういう、主君に忠義を果たす高潔な武士っていうのは、もっと後の時代にできたイメージよね。

むしろ、明智に殺されず、イエズス会の元に帰されたこと自体が、明智は弥助のことを恐れていなかったし、重要な人物だと思っていなかったことを示していると思います。

私は、織田長益も弥助も、生き延びて良かったと思いますね。

 

[関連記事]

yuhka-uno.hatenablog.com

 

*1:「鷹(Taka)」という名前は、昔の日本人としては女性っぽいので、例えば、「影鷹(Kagetaka)」とか「影鷲(Kagewashi)」という名前のほうが良いのでは?

*2:「実在してるから荒れるパターンもあるんか」実在した黒人侍をアサシンクリードの主人公にすることの是非、海外の弥助騒動は難解なことになっているらしい - Togetter [トゥギャッター]

*3:アジア系男性は「恋愛の序列の最下層」──リアルもオンラインも、なぜモテない|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

*4:例外として、前作の主人公が続投したケースはありました。

*5:ラスト・サムライ』は、もう20年前の映画なので、今の感覚からすると時代遅れですね……

*6:本当に弥助が侍だったのかどうかは、歴史の専門家に任せるとして。フィクションの世界では、弥助は侍として表現されることが多かったです。だって、そのほうが面白いですから!

*7:英語で読む外国人がほんとに知りたい日本の文化と歴史 著:ロックリートーマス

*8:レイラ・ハサン (Layla Hassan)など

*9:トマ=アレクサンドル・デュマ(Thomas-Alexandre Davy de la Pailleterie dit Dumas, 1762年 - 1806年)軍人。フランス人侯爵と黒人奴隷女性との間に生まれる。ナポレオン時代に陸軍中将であった。『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』で有名なアレクサンドル・デュマ・ペールは、彼の息子。

*10:ジョゼフ・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュ(Joseph Boulogne Chevalier de Saint-Georges, 1745年 - 1799年) フランスのヴァイオリン奏者・音楽家プランテーションを営む地主と黒人奴隷女性との間に生まれる。フェンシングの達人でもあり、フランス革命時には1000人の黒人部隊を結成して戦った。

*11:https://x.com/UBISOFT_JAPAN/status/1815674629643719061

*12:https://x.com/assassinscreed/status/1815674592444187116

*13:鈴木亮平、『シティーハンター』“もっこりダンス”を自ら提案 振りはアキラ100%ら芸人4人を参考に 続編にも意欲(マイナビニュース) - Yahoo!ニュース

*14:「なんでこの企画通ったんだ…」Mrs.GREEN APPLEの新曲『コロンブス』のMVが物議を醸す - Togetter [トゥギャッター]