宇野ゆうかの備忘録

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なぜ「フェミニストはハイヒールを嫌っている」と思われるのか~すり替えのカラクリ

王様の仕立て屋』という漫画の中で、「そういえば フェミニストの中にはハイヒールを蛇蝎の如く嫌っている人がいますけど」というセリフが出てきて、物議を醸していました。

この件について書いてみましたが、長くなりましたので、前編と後編に分けて書くことにします。

togetter.com

 

フェミニストに対して、この登場人物のような認識を持っている人は、実際多くいます。一方で、実際にフェミニストが言っていることは、概ね「ハイヒールの強要をやめよう」なのですね。

欧米においては、カンヌ映画祭において、フラットシューズを履いた女性が入場を拒否されたことから、ジュリア・ロバーツクリステン・スチュワートがレッドカーペットを裸足で歩くパフォーマンスをしてみせたりします。日本においては、『#Kutoo運動』の提唱者である石川優実氏が有名ですが、石川氏も「職場におけるハイヒールの強要」を問題視しているのであって、かなり最初期から「ヒールを履きたい女性を否定する運動ではない」と言っています。

この辺りのことは、少しネットで調べればわかることでしょう。

 

では、なぜ「フェミニストはハイヒールを嫌っている」という誤解が広まっているのでしょうか。

 

ハラスメント気質な人によくあることとして、「部分否定を全否定だと受け取る」というのがあります。

例えば、勧められたお酒を断るという行為は、アルハラ気質のない人からすると、「飲めない体質なのかな」「今は飲みたくないのかも」と思うのがせいぜいでしょう。一方、アルハラ気質の人が言うことの代表例は、「俺の酒が飲めないのか!」というセリフですよね。

アルハラ気質の人は、自分の勧めた酒を断られたということが、「自分の好意を拒否された」→「俺のことが嫌いなんだろう」という思考に結びついてしまう。相手はただ酒が飲めないから断っただけなのに、自分が全否定されたと感じるのです。

 

同じようなことはセクハラでもあります。「セクハラはやめろ」という趣旨のことを言われた人が、「性欲なくせって言うのか!」と言い出すのは、よく見る光景です。相手は別に、性欲を抱くことまで否定しているわけではありません。ただ、頭の中で思うことと、実際に言ったりやったりすることとは、全然違うのだから、自分の領域と他人の領域の区別をつけろということなのです。

しかし、セクハラ気質の人は、性の分野において、自分の領域と他人の領域の区別がつかないので、相手の許可なく他人の領域に踏み込むし、それを拒否されると、自分自身の性、ひいては自分そのものが全否定されたと感じるのです。

 

こういった、「部分否定を全否定だと受け取る」気質の特徴がよく表れていたのが、この件だったかなと思います。

 ワタミグループでは2008年6月、居酒屋で働いていた新入社員が過労自殺し、12年に労災認定されている。渡辺氏は中原氏への質問の中で、「私も10年前に愛する社員を亡くしている経営者。過労死のない社会を何としても実現したい」としたうえで、「国会の議論を聞いていますと、働くことが悪いことであるかのような議論に聞こえてきます。お話を聞いていますと、週休7日が人間にとって幸せなのかと聞こえてきます」と発言した。

過労死遺族に「週休7日が幸せ?」 ワタミ渡辺氏が謝罪:朝日新聞デジタル

 

過労自殺した遺族の訴えに対する、渡辺氏の「働くことが悪いことであるかのような議論に聞こえてきます」「週休7日が人間にとって幸せなのかと聞こえてきます」という発言は、ネット上では、おおむね「この人は何を言っているのだ…?」という反応をする人が多数でした。まぁ、経営者側のほうが権力的に強いとはいえ、ネット上では、ブラック企業に批判的な人が大多数ですから、このような反応になるのでしょう。

しかし、もしこれが、うっすらブラック企業側の感覚を持った人が多数の世界だとしたら……おそらく、「遺族は、働くことが悪いことだと言っている」「批判しているのは、週休7日が人間にとって幸せだと考えている人たちだ」と言われて、あっという間にその言説が広まってしまっていたことでしょう。

 

これが、「職場でハイヒールを強要しないでほしい」というフェミニストの主張が、「ハイヒールが悪いものであるかのように聞こえる」「フェミニストはハイヒールを嫌っている」にすり替えられてしまうカラクリです。

 

実際のところ、フェミニストの中には、ハイヒールを嫌っている人もいますが、ハイヒールが好きという人もいます。(「休日のおしゃれに履くのはいいけれど、“労働”の時に履くのは嫌」という人が多数かもしれません。)その辺は、アルハラに反対する人には、下戸もいれば上戸もいるのと同じでしょう。共通しているのは「他人に強要するのはやめろ」ということです。

 

問題は、「ハイヒールの強要」という問題において、「ハイヒールを蛇蝎の如く嫌っている人」の存在を持ち出してくることに、何の意味があるのかということです。

そりゃあ、ブラック企業を批判する人の中には、労働を蛇蝎の如く嫌っている人もいるでしょうが、ブラック企業問題を語る上で、「ブラック企業を批判する人の中には、労働を蛇蝎の如く嫌っている人もいますが」と言うことに、何の意味があるのかということです。労働を蛇蝎の如く嫌っている人がいたところで、「労働基準法を守るべきだ」ということに変わりはないはずですから。

…まぁ、もし「できれば労働基準法なんて守りたくない」と思っている人や、「労働問題はどうでもいい。とにかく声を上げる人が気に食わない」という人*1がいたとすれば……そういう人からすると、わざわざ「批判する人の中には、労働を蛇蝎の如く嫌っている人もいますよね」と言うことには、それなりに意味があるのかもしれませんが。

 

それにしても、ヒール靴強要問題における、こういったネット上の反応は不思議だなぁと思います。職場において、非合理的な慣習がまかり通っていること、中でもとりわけ、それで健康被害が出ていることに対しては、実社会はともかく、少なくともネット上であれば、「非合理的」「こんな慣習は早くなくすべき」「時代遅れだ」という反応になるのが普通なのですが、こと女性だけが被害を被っている問題となると、「女のわがまま」という解釈しかできなくなったり、「職場が強制しているという事実があるのか?女の勘違いなんじゃないのか?」という方向へ持って行く人が多数出てくるようです。

 

と、ここまで書いてきて、この文面を見つけて「マジかよ……」と思いました。

というか、個人的には「履いてる人はバカだなぁ」と思ってたくらいなので、
KuToo運動を見たときに女性がそれを強制されていたことを知らなくて大変申し訳なく思いました。
これに関しては、本当に無知ですみません。

「王様の仕立て屋」の1ページだけ切り取って作家を批判するくらい他人の文脈を軽視する輩が、自分の文脈だけは特別扱いしてと要求するの地獄の餓鬼感ある - WORLD END ECONOMiCAアニメ化CFを応援したいブログ

いやー、この問題については「どうせ女が大げさに騒いでいるだけだろ」みたいな反応する人を多く見かけたわけですが、マジでそのレベルだったのか…… まぁ予想はしていましたが、こうしてはっきり提示されると、改めて「マジかよ……そこからかよ……」ってなりますねぇ……

 

結局これも、子連れの女性が嫌がらせを受けることを、男性の目撃者が出てくるまで「女が自意識過剰なだけじゃね?」と思っていたり*2、女性を狙ってわざとぶつかる人がいるのを、映像が出てくるまで信じられなかったりするのと、同じなのかもですね。

しかし、私は「男子に丸刈りを強要する学校がある」と聞いても、「本当にそんな学校あるの?」「男が騒ぎすぎているだけじゃね?」とは思わないのになぁ……

“女性の感情に対する(多くの)男性の典型的見方と、有色人種の人々の感情に対する(多くの)白人の典型的な見方には共通点がある。黒人は人種差別を訴えているが、(多くの)白人はそれを実際に目にするまで信じないと、世論調査や研究が伝えている。白人や社会的地位の高い黒人の話は信用されるが、その他の黒人の個人的な体験や感情は論理的でないとみなされるのだ。”

男は、女を信じていない 結婚してそれがわかった。 | ハフポスト

 

www.asahi.com

www.jiji.com

 

〔追記〕

色々書いたけど、結局ここで書かれているようなことなのかもしれないな……

“まず、僕はホモソーシャルにおける弱者男性の一員である。サラリーマンとして男性社会を生きているが、男性社会とはすなわち弱肉強食の競争社会であり、オトコなら弱音は吐かず我慢してナンボ、泣いちゃダメ、出世しろ、という精神が今も根付いている。しかし、僕ははっきり言ってメンタルが弱いし、そこそこの収入で家族とのんびり暮らしたい、もっと寝たいetc...としか思っていない。「オトコ」の風上にも置けない奴だ。つまり、ジェンダーと自分の性格が乖離していることにより、大層ストレスが溜まる。

こういったストレスが引き金となり、「男性(僕)はジェンダーを受け入れて我慢しているのに、女性は愚痴ることができていいよな」、「女性も我慢しろよ」、という論理性の破綻した反発につながる。”

#ツイッターでウィメンズマーチ に反感を抱いてしまう弱者男性(の一人) - 男女問題に関するいろい論

 

 

※後編はこちら。

yuhka-uno.hatenablog.com

 

 

※業務上必要なヒール靴の例。この演目を演じるには、ハイヒールが必要!


ブロードウェイミュージカル「キンキーブーツ」ゲネプロ2019 小池徹平 三浦春馬

 

 

その靴、痛くないですか? ――あなたにぴったりな靴の見つけ方

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キンキーブーツ (字幕版)

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