宇野ゆうかの備忘録

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「字幕だけじゃダメ?」←「ダメなんです」~なぜ手話通訳が必要なのか

連日コロナウイルス関連の報道がなされる中、SNS上では、「志村けん」や「江頭2:50」を表す手話(サインネーム)の存在*1や、手話通訳の人がマスクをつけていない理由などが注目されていました。

www3.nhk.or.jp

 

私自身は、手話に関しては「ワタシ、シュワ、チョットデキル」程度のレベルなので、本来ならこの内容を取り上げるのに相応しい人間ではないかもしれません。ですが、私が知っている範囲で手話に関することを書いていきたいと思います。手話についてもっとよく知っている方、補足、ツッコミ等お願い致します。

 

コロナウイルス関連の報道において、3月末頃までは、記者会見の現場には手話通訳がついているにも関わらず、テレビ画面では、NHK以外の民放では手話通訳が映されていないということがよく目に付きました。このことは、4月1日の国会で横沢高徳議員によって取り上げられたり*2、民間からの提言があったり*3、ネット上で指摘する人がいたりした影響なのかわかりませんが、最近では民放でも徐々に手話通訳を映すようになってきたと思います。

 

ただ、気になるのは、聴覚障害者に対する情報保障について、「字幕でいいんじゃない?」と思っている人が多いところです。冒頭のNHKニュース記事のコメントにも、そういう趣旨のコメントが複数見受けられますね。これ、一般の人だけでなく、行政の広報や報道を担っている人たちも、実はそう思っていた人が多いんじゃないでしょうか。

 

結論から言うと、字幕だけでは不十分です。なぜなら、「日本語」と「日本手話」は、それぞれ別の言語形態で、文法も異なっているからです。これはどういうことかというと、日本の聴覚障害者には、大きく分けて、日本語を第一言語とする人と、日本手話を第一言語とする人がいるということです。

手話が第一言語の人にとっての日本語の字幕は、例えるなら、日本語話者が英語のテロップを読むようなものでしょう。世の中には、英語をスムーズに理解できる人から、頭の中で翻訳するのに時間が必要な人、ほとんど理解できない人までいるように、手話を第一言語とする人の中でも、日本語の理解度は様々です。

つまり、不特定多数の聴覚障害者に対する情報保障を十分に行うためには、手話(日本手話を第一言語とする人のため)と字幕(日本語を第一言語とする人のため)の両方が必要なのです。

 

また、手話においては、表情や口の形も大切です。手の動きだけでなく、表情や口の形にも文脈があるからです。例えば、疑問系の時には疑問を表す表情をつけたり(YesNo疑問文とWH疑問文で表情を使い分ける)、完了形を表す時には、口を「パ」と開く動作がついたり、頷き、首ふりなど、他にも沢山の表現があります。

日本語に例えるなら、「~ですか」という言葉の語尾が上がるか下がるかで、意味するところが違ってきたりするのと、似ているかもしれません。

なので、手話通訳は顔が見える必要があるのですね。

 

ちなみに、冒頭リンク先の、Twitterで話題になった漫画では、「口の動きから相手の言葉を読み取ることを“口話”っていうんだけど…手の動きはあくまでも口話を補助するためにあるんだ」という説明がありますが、これは日本語対応手話の場合であって、日本手話の場合には当てはまらないと思います。

日本で使われている手話は、大きく分けて「日本手話」と「日本語対応手話」があります。日本語対応手話とは、日本語の語順に合わせて手話を当てはめたもので、文法も日本語に沿っています。なので、見た目は同じ手話に見えても、言語形態としては、日本語対応手話と日本語が同じ仲間です。*4

日本語対応手話は、日本語が第一言語の人、難聴者や中途失聴者の間で使われることが多いです。

 

4月7日に行われた大阪府の吉村知事の会見は、手話通訳なしの会見で、知事がマスクをして話していたところ、聴覚障害者の要望を受けて、途中からマスクを外して話す場面がありました。おそらく、口の形を見たかったのでしょう。

もちろん、全ての聴覚障害者が口の形を読み取れるわけではありません。また、読み取れる人の場合でも、非常に集中力を必要とする人が多いそうです。情報保障という点では、手話と文章の両方があったほうが理想的であることに変わりはないでしょう。

 

私は、本来であれば、このことは、およそ行政や報道に携わる仕事をしている人たちの間では、業界の常識として知られているべきことだと思います。

数年前、南アフリカマンデラ氏の追悼式の手話通訳が、実は意味の通らないデタラメ手話だったという件が話題になりました。*5あの件は、多くの人に笑い話として受け取られていましたが、南アフリカで暮らしている手話が必要な人たちのニーズを、政治の中枢にいる人たちが理解していないことの表れかもしれないと考えると、なかなか笑えない話です。

それを考えると、日本はどうでしょうか。行政や報道に関わっている人たちが、手話が必要な人たちのニーズを、これまで理解できていなかったという点においては、南アフリカのデタラメ手話の件を笑っている場合ではなかったのかもしれません。

 

deaf-links.com

togetter.com

 

日本において、手話通訳の数は、ニーズに対して不足しているのが現状だそうです。おそらく、高い技能が求められるのに薄給なのが大きな理由でしょう。

ちなみに、手話通訳に限らず、同時通訳は15分くらいが限界だそうで、長時間の場合は、複数人で交代しながら通訳するそうです。私は詳しくないのですが、こういった会見の同時通訳は、専門性の高い通訳士が3人くらい必要なのではないでしょうか。

特に高齢者など、ネット環境がない聴覚障害者もいることでしょうから、テレビの手話通訳は大事な情報源だろうと思います。

 

障害者基本法 第三条


全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること。

 

第二十二条


国及び地方公共団体は、災害その他非常の事態の場合に障害者に対しその安全を確保するため必要な情報が迅速かつ的確に伝えられるよう必要な施策を講ずるものとするほか、行政の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の推進に当たつては、障害者の利用の便宜が図られるよう特に配慮しなければならない。

電気通信及び放送その他の情報の提供に係る役務の提供並びに電子計算機及びその関連装置その他情報通信機器の製造等を行う事業者は、当該役務の提供又は当該機器の製造等に当たつては、障害者の利用の便宜を図るよう努めなければならない。

 

 

ところで、私は、ほんの少し手話の世界を覗いてみただけの人間ですが、手話について知るということは、言語とは何か、言語はどのように生まれるのか、私たちはどうやって言葉を理解するようになるのかを知ることでもあるのだと思いました。

手話に対するよくある誤解は、「手話は世界共通」「手話は音声言語を手で表したもの」といったものでしょう。手話は、音声言語と同じく、それぞれの土地で自然に発生して成立し、広まっていったものです。なので、手話にはその土地の文化が反映されていますし、方言もあれば若者言葉もあります。

 

例えば、日本手話で「あいさつ」「こんにちは」を表す手話は、人と人が向かい合ってお辞儀をしている様子からきています。「ありがとう」は、相撲力士がご祝儀を受け取る時に手刀を切る仕草からきています。一方、アメリカ手話の「ありがとう」は、投げキスをする動作になります。

また、手話は音声言語とは異なる分布の仕方をしているので、音声言語の場合は、イギリスとアメリカの言葉が似通っていますが、手話の世界では、イギリス手話とアメリカ手話は別の言語で、アメリカ手話はフランス手話から枝分かれして成立したものです。

 

ちなみに、聞こえる人の中には、「手話を世界共通にしたら便利なのにね」と言う人がよくいますが、それは「日本語や英語やフランス語などををなくしてしまって、世界共通の言語にしたら便利なのにね」と言うようなものです。確かに便利かもしれませんが、言葉は文化なので、なくしてしまうのは嫌だと思う人は多いでしょう。

手話の共通語として、人工的に作られた「国際手話」という言語があり、聴覚障害者が集まる国際的な場で使われているそうです。

 

 

それにしても、なぜ私たちの社会は、手話の一語も知らない人がほとんどなのでしょうか。英語やフランス語、中国語や韓国語などで「こんにちは」「ありがとう」をどう言うのか知っている人は多いのに、手話においては、「こんにちは」「ありがとう」程度の簡単な挨拶すら知らない人が多い。毎年24時間テレビとかやってるのにね!

というわけで、この記事を見た人は、これを機会にいくつか手話の挨拶を覚えてみて下さいね!あと、手話に関する面白い記事のリンクを貼っておきますから、興味が沸いたら見ていって下さいね!

 


今日からできる手話講座

 

ニカラグア手話」…世界で最も新しく成立し、かつ、世界で初めて言語学者がその発生の過程を目撃し記録した言語。人間は言語を生み出す能力を持っているという仮説の裏付けになった。

www.bbc.com

 

手話について「わかっていないことをわかりました」という話。

手話は自然に発生した自然言語であること、長らくそれが理解されてこなかった(というより、今もあまり理解されていない?)こと、日本手話と日本語対応手話の違いなど。

www.tbsradio.jp

 

「ろう者」という言葉について。

“ろう者の意味内容は多義的であるが、主に聾学校卒業者や日本手話使用者、聾社会に所属している人が、自分のこと(自分のアイデンティティ)を「ろう者」と呼称する。音声言語獲得前に失聴した人が多い。また、聴覚障害者という単語には『障害』という言葉が含まれているので、その表現を嫌う人も自分のことを「ろう者」と表すことが多い。手話を堂々と使い、聞こえない自分を肯定している聴覚障害者に、自分を「ろう者」と呼ぶ人が多い。”

ろう者 - Wikipedia

 

 

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫)

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  • 作者:丸山 正樹
  • 発売日: 2015/08/04
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