宇野ゆうかの備忘録

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日本酒を女性に買わせたければ、男目線じゃないCMを作れ説

 

上のTweetに、多くの人が「なるほど!」と納得していた。私は日本酒おいしいと思っているのだけれど、それは、私自身が下戸で、外飲みはほとんどせず、従って、飲み放題コースの酒を飲んだことがなく、日本酒デビュー(というよりも、酒デビューそのもの)が正月のお屠蘇だったので、日本酒好きになったのかもしれない。正月になると、だいたい親戚の叔父が、純米大吟醸あたりを買ってきていて、それで最初の酒の味を覚えたのだ。もっとも、下戸なので、舐める程度にしか飲めず、銘柄には全く詳しくならなかったのだが。*1

 

さて、女性に日本酒を飲んでもらおうという試みはよくあって、その多くは、口当たりがまろやかで、甘口で、アルコール度数が低く、時にはスパークリングさせた日本酒を、「女性向けの日本酒」「女性にも飲みやすい日本酒」と言って提供することのようなのだが、女性といえば甘口を好むものだというのは「本当だろうか?」と思ってしまう。

 

そういうことよりも、私がそれ以上に、女性の「日本酒不人気」に影響を与えていると思うのは、日本酒のCMの多くが、男性目線で作られていることだと思う。よくあるのは、人気女優が居酒屋の美人女将を演じていたり、こっちを向いて「ねぇ、ちょっと間接キスしてみ?」と言うなど、女性と一緒に飲むシチュエーションだったり。あなたのお世話をするのが幸せだという歌詞が流れているCMは、今時違和感を覚えるほどに感覚が旧かった。全体的にかなりジェンダーが偏っているように思える。

 日本酒は、こういった演出のCMによって、なんとなく男性向け&年長者向けのイメージがついてしまっているのではないだろうか。ワインが、ことさらパッケージを女性向けにしていなくても、女性に売れているのは、そういったイメージがないからだと思う。

 

また、女性は得に、飲みの席で、パワハラから発展したセクハラに遭うことが多い。「日本酒=おっさんによるアルハラ・セクハラ」というマイナスイメージがついてしまっていることによる、日本酒不人気があるのかもしれない。

そういえば、永井荷風は、小説『一月一日』の中で、日本料理で正月を祝う在米日本人たちが集う中で、金田という日本酒・日本料理嫌いの人物を登場させ、その理由を「母を泣かしめた物」と言わせている。金田の父親は茶人で料理にうるさく、いつも母親が出す酒や料理について叱っていたからだという。

お分りになりましたらう。私の日本料理、日本酒嫌ひの理由いはれはさう云ふ次第です。私の過去とは何の関係もない国から来る西洋酒と、母を泣かしめた物とは全く其の形と実質の違つて居る西洋料理、此れでこそ私は初めて食事の愉快を味ふ事が出来るのです。

永井荷風 一月一日 - 青空文庫

 

これは、数年前に言われていた「若者のビール離れ」の構造とも共通していると思う。若者は、上司のおっさんたちとの、アルハラを含んだ酒の席が嫌いなのであって、ビール自体を嫌いなわけではないのだけれど、おっさんのアルハラのせいで、ビールまで良いイメージが持たれていなかった。

だが、最近は若者の間でもクラフトビールは好まれている。そして、クラフトビールは、上司との飲みではなく、友達とビアバーやオクトーバーフェストに行って飲むイメージだ。これは、飲みの席での「とりあえずビール」ではなく、個人の好みで酒を味わいたい若者のスタイルと合致した。ビールにまつわるマイナスイメージが払拭されれば、若者も普通にビールを飲むということだ。

 

そもそも、他の酒で、わざわざ「女性でも飲みやすい」と言うことはあまりないので、逆に言えば、日本酒がそれだけ「男の世界」になってしまっているということだろう。そこが、味以前に女性から敬遠される原因なのではないだろうか。味だけで言うなら、性別よりも初心者かどうかのほうが、好みに影響を及ぼしそうな気がするけれど。

そして、これはどの業界にも言えることだけれど、もしその業界で性差別やセクハラが蔓延している場合には、作り手側のそういう空気はなんとなく表に出てくるものだし、真に女性にアプローチできるものを作ることは難しいと思う。

 

さて、若い女性が一人で日本酒を飲むシチュエーションといえば、漫画『ワカコ酒』があった。酒呑みの舌を持って生まれた26歳の女性・村崎ワカコが、一人で酒と肴を味わうという内容で、女性&上戸版の『孤独のグルメ』とも言われている。

ワカコ酒』の特徴は、ワカコがほとんど無表情で酒を飲み、肴をつつき、旨さの感覚が頂点に達したところで、口から「ぷしゅ~」という擬音を発するのだけれども、その時のワカコの表情までも、ある種様式化された表情で描かれているところだ。

 

若い女子の一人酒」というのはつまり、サラダのとりわけとか、会計はいったん男性に払ってもらってあとで割り勘するとか、はたまたそもそも自分で料理を作るべし、といった、やるにせよやらないにせよいろいろメンドくさい食まわりの「役割」からつかの間解放されて、ただただ「味わう」ことに集中できる環境、ってことなのだと思うのだ。色っぽさをわざと発生させない無表情+「ぷしゅー」という擬音、という表現が、それをきちんと成立させている。

おすすめマンガ時評『此れ読まずにナニを読む?』 NTT出版Webマガジン -Web nttpub- 第106回 『ワカコ酒』 新久千映(徳間書店)

上の記事では、同じく女性の一人飯を描いた『花のズホラ飯』と、『ワカコ酒』とを対比させる形で書かれているが、『花のズボラ飯』のほうは、旨さの感覚が極まった瞬間の表情が、性的快感を連想させるような画で描かれているのに対し、『ワカコ酒』のほうは、色気とは無縁で、 男目線が入っていないことに良さがある、ということである。

 

この漫画はドラマ版とアニメ版が製作されたが、ドラマ版は、原作の良いところをいまいち掴みきれていないのではないかと思う。

ドラマ版のほうは、若い女性が酒の席で求められがちなもろもろのことから離れ、男目線を意識せず、ただ目の前の料理を楽しむという、この漫画を多くの人が支持した要素が、いまいち感じられない。ワカコ役の女優さんの表情も、どこか色気を意識しているというか、「お酒を飲む女の人っていいよねー」という男目線から作られているように見えるのだ。

これがもし、『女が一人で呑む時はね、誰にも邪魔されず 自由で なんというか救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで……』という描き方だったら、もっと女性からの共感を得られたかもしれないのに……

ちなみに、アニメ版は原作に沿った内容で、良い。声優さんの演技も、一人でおいしいものを味わっている感じがする。

 

ワカコ酒 原作サイト
www.zenyon.jp

www.zenyon.jp

 

ワカコ酒 アニメ版


アニメ「ワカコ酒」もうすぐ放送だプシュー(ワカコ役:沢城みゆき NAver.)

 

ワカコ酒 ドラマ版


ワカコ酒 Season3 第12夜「特別な旨さ、和牛たたき」 | BSジャパン

 

日本酒は、女性に売りたいのなら、女性を「飲みの席でのお酌役」から解放し、女性の一人暮らしや、共働きで家事折半の夫婦関係を前提としたCMを作ったほうがいいのではないだろうか。そして、もうひとつ付け加えるならば、若い女性を見つけるとウンチクを垂れたくなるマウンティングおじさんに、お引き取りいただくことだろう。

 

 

ワカコ酒 1 (ゼノンコミックス)

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オンナの日本酒――女性のハートが選ぶお勧めの酒

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*1:※本来のお屠蘇は、屠蘇散を日本酒やみりんに浸したものらしいが、うちでは清酒