宇野ゆうかの備忘録

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防弾少年団(BTS)の政治性~政治と音楽は関係あるか

前回記事『韓国の防弾少年団(BTS)のファンが、秋元康を退けた件について』では、なぜ韓国のファンたちが秋元康とのコラボに抗議したのかについて、主に女性差別の視点から語ってみた。

 

ところで、この件をTwitterで検索して見ていたら、日本のファンの中に「政治と音楽は関係ないじゃん!」「なんで韓国のArmy(防弾少年団のファンのことをこう呼ぶ)は、日本向けの曲を消すの!」「どんな曲でもファンなら受け入れて喜ぶもの」と言う声が多く、私は「うーん、This is Japan…」と思ってしまった。

黒人差別や銃社会などの問題を歌ったチャイルディッシュ・ガンビーノの『This is America』のパロディのつもりで、何の問題意識も感じられない『This is Japan』を作ったどこかのダンスグループが炎上した件を思い出したのだ。

wezz-y.com

アメリカの黒人たちにとって、ガンビーノが『This is America』の中で歌っているような問題は、とてもシリアスなものだ。しかし、日頃から政治や社会問題のことに興味を持っていないと、『This is America』のシリアスさを読み取ることはできない。結果、お気楽な内容の『This is Japan』が作られてしまったのだろう。その「お気楽さ」は「失礼さ」に繋がり、炎上してしまった。

 

では、防弾少年団はどうなのかというと、メンバー自身が曲作りに関わって、若者たちが抱えている問題について社会的なメッセージを発していくことをアイデンティティとしているらしい。

例えば、『ベプセ(ダルマエナガ)』という曲は、自分たち若者世代をダルマエナガ、年長者世代をコウノトリに例え、若者を抑圧する年長者世代に対する苛立ちを歌っている。韓国には「ダルマエナガコウノトリを追っていくと股が裂ける」という諺があり、日本で言うところの「鵜の真似をする烏」と同じような意味らしいが、ここでは、現代の若者世代を取り巻く厳しい環境を理解しない大人たちに対する皮肉になっているようだ。

今の韓国の若者は「三放世代(現在は七放世代とも?)」と呼ばれ、低賃金の職に就かざるを得えない人が多く、恋愛・結婚・出産を放棄した世代として、抑圧を感じているそうだ。*1

三放世代 - Wikipedia


【日本語字幕】-BTS「ダルマエナガ・뱁새」

 

「ダルマエナガ」という言葉は、他の防弾少年団の曲の中でも度々使われている。『Am I Wrong』という曲の中でも、「ダルマエナガvsコウノトリ」という箇所があり、これもおそらく同じような比喩なのだろう。

歌詞の中に「俺らはみんな犬や豚」という箇所があるが、この曲は朴槿恵政権時代に作られた曲であり、当時の韓国教育省の高官が「民衆は犬や豚のように扱い食わせるだけでいい。身分制になることが望ましい」と発言していたらしい。

さらに「MAYDAY MAYDAY」という箇所があるが、メーデーといえば労働者の日、もしくは遭難信号である。朴槿恵政権で遭難信号といえば、セウォル号事件の暗示と受け取れる。304人の死者・行方不明者を出したこの海難事故で、当時の政権は、朴槿恵大統領の「空白の7時間」など、対応の杜撰さを批判された。

この曲は直接的に朴槿恵政権を批判してはいないものの、韓国人または韓国の政治に関心がある人なら、この曲に込められている政治的メッセージを読み取ることができるのだろう。*2


【日本語字幕】Am I Wrong (WINGS) / BTS (防弾少年団) stage mix

 

また、メンバーのSUGAは、防弾少年団としてデビューする前の高校2年生の時に、光州事件をテーマにしたラップ曲『518-062を出している。光州事件とは、1980年5月18日に起きた民主化運動で、朴正煕大統領暗殺による「ソウルの春」の後、軍部が起こしたクーデターに対して市民が蜂起し、光州市が軍によって封鎖され、多数の犠牲者が出た出来事だ。「518」は光州事件の日付、「062」は光州の地域番号とのこと。*3

光州事件 - Wikipedia


日本語字幕 518-062 - NAKSYEON (낙션) Produced by GLOSS (BTS SUGA pre-debut)

防弾少年団の曲の中では、『Ma Citty』に光州出身のJ-HOPEが関わっている。歌詞の中に「みんな押せ 062-518」というフレーズがあり、光州事件のことが盛り込まれているそうだ。*4

 

また、防弾少年団は、デビュー当時から一貫してLGBTQの権利について発信してきたグループでもある。

彼らの偏見のない発言は2013年から始まった。当時まだ新人だったにもかかわらず、自分たちが同性愛者だったらキャリアが終わっていただろうと発言したことがあった。BTSのリーダーRMはマックルモア&ライアン・ルイスのヒット曲「Same Love」を称賛するツイートをしている。「これは同性愛の歌だ。歌詞を聞くと歌の良さが倍になる」と。

BTSが世界で成功を収めた理由ーK-popのルールや価値観を覆したBTSの軌跡|Rolling Stone Japan

 先月24日に国連総会で行ったスピーチの中でも、メンバーのRMが代表して、「あなたが誰なのか、どこから来たのか、肌の色、ジェンダーアイデンティティに関わらず、あなたについて話して下さい」と呼びかけている。

 

つまり、防弾少年団は、元々音楽の中に政治的・社会的メッセージを持ち込んできたグループなのだ。秋元康とのコラボ取り止めのずっと前から、防弾少年団にとっては、音楽と政治は大いに関係があることだった。

また、先に紹介したSUGAの『518-062』の例にあるように、防弾少年団は、メンバー全員がデビュー前から音楽活動やダンスをバリバリやっていたグループで、元々はアイドルではなくヒップホップグループとして売り出す計画だったらしい。

 

私は韓国の音楽シーンについてはよく知らないが、少なくとも、欧米の音楽シーンでは、冒頭に挙げたガンビーノのように、政治的な主張や社会的なメッセージを音楽で表現するのは、普通のことだ。アーティストたちは、政治的・社会的なことに言及し、政治家の発言について賛成したり批判したりし、どの大統領候補を支持するか表明し、時にはデモに参加したりもする。それらのアーティストの姿勢や考えは、当然音楽にも反映される。

一方、日本のアイドルは、ほとんど政治的なメッセージを歌わない。他の日本のメジャーなアーティストも、表立って歌うことは稀だ。だから、海外のアーティストの曲を鑑賞する場合は、そういった日本のアーティストを見る時とは違う視点が必要になってくる。「政治と音楽は関係ないじゃん!」というのは、あくまでも日本の感覚なのだ。

防弾少年団の姿勢は、どちらかというと欧米の音楽シーンに近いと思う。おそらく、彼らが欧米で人気になったのは、そういう理由もあるのではないだろうか。

 

私は、防弾少年団秋元康の騒動で、「政治と音楽は関係ないじゃん!」「どんな曲でもファンなら受け入れて喜ぶもの」と言う日本のファンの反応の見ているうちに、最近読んだこの2つの記事を思い出してしまった。

学生運動をする大学生は気持ち悪い。様々なことを考えるようになった今でさえ、その感覚は消えなかった。政治や社会問題について言及する若者なんて、普通じゃなくて、気持ち悪いのだ。私達は、新しいアイスかプチ海外旅行の記録かootdしかSNSで発信してはいけないのだ。”

政治に興味がない若者です

“ポップミュージックを好む日本の音楽ファンの多くは音楽を包括するタレント性を楽しみたいだけなので、音楽性の変化に関心を持たないし、それは作品のセールスポイントにならない。批判もしないが特に歓迎もしない”

テイラー・スウィフトはなぜ成功したのか?[マーケティング徹底解説] - デスモスチルスの白昼夢

 

ところで、この件に関する私のTwitterの呟きに対して、「曲がなくなって悲しいと思ってはいけないのか!?」と言うファンがいたのだけれど、「曲がなくなった背景を理解すること」と、「それはそれとして、曲がなくなったことは悲しい」と思うこととは、矛盾なく両立すると思う。